箱庭
どこか遠くから、笑い声が聞こえる。
それは、子どもの楽しんでいる声のようであり、
また、大人が喜んでいるようでもあった。
それが、どこか遠くから聞こえる。
ネジは森へと行く道の上で、
その声を聞いて、足を止めた。
どこから聞こえるのだろう。
この空間に他の人がいる可能性をあまり考えたことはないが、
遠くにいるのかもしれない。
キュウにとりあえず聞いてみようか。
ネジはそう思うと、森へと、また、歩き始めた。
木々の書き込みが細かくなっているなと、
ネジは漠然と思った。
何でこんなことを思うのかなとネジは思い返す。
木が綺麗になったじゃ、だめなんだろうか。
きれいになった、じゃなくて、
書き込みが細かくなったと感じる。
トビラが作ったと知っているから?
どうやって作っているかを大体知っているから?
どうして知っていると思う?
聞いたことも見たこともないぞ?
ネジの中で疑問符がいっぱいになる。
トビラの作った森。
トビラの作ったドールハウス。
ネジは数度しか、この森を訪れていない。
でも、訪れるたびに思う。
トビラはこの空間をとても大切にしている。
なんだかよくわかんないけれど、
何かの輝く感情を感じる気がする。
だから森は鬱蒼としているけれど明るいんだろうか。
キュウを不安にさせないように。
そんなトビラのすべてを知るわけじゃない。
けれど、ネジがトビラだったら、
やっぱりキュウを大切に思うなら、
この空間に彩をたくさん添えて、
いつもキュウが微笑んでいるようにありたいと思う。
生体管理師。
ネジはトビラの肩書きを思い出す。
キュウも管理されているのかなと思う。
そのあたりのことも聞いてみたいな。
ネジはそう思って、ドールハウスまでたどり着いた。
ノックをする。
「はーい」
キュウの声がする。
「ネジです」
ネジが答える、ドアが開く。
笑顔のキュウがいる。
「いらっしゃい」
「たびたびすみません」
「ネジなら大歓迎よ」
キュウはころころ笑う。
ふと、キュウ以外の笑い声が聞こえた気がする。
ネジは無言になる。
キュウも察したようだ。
「ちょっと前から遠くにいるのよ」
「遠くに?」
「トビラはこちらに入れないようにしているみたいだけど、聞こえるのよね」
「そうなんですか」
「トビラが生体管理師ということは覚えてる?」
「ああ、はい」
ネジは答える。
来るまでの道のりでそれを考えていたのだ。
「笑っているのはね、トビラに管理してもらって生きている人たち」
キュウの説明に、ネジは疑問符。
「生体管理師って、医者みたいなものかと思っていたんですけど」
「医者なんて、古い言葉知ってるわね」
「ええ、まぁ」
二人は開いたドアのそこで立ち話をしている。
「トビラくらいになると、真の生体管理よ」
「生体管理」
「自分で生きられない人を管理しているの」
ネジはよくわからない。
自分で生きられないって、
それは一体どういった現象なのか、想像ができない。
「管理されている人の夢が、ここまで笑い声として届くの」
「なるほど」
ネジはうなずく。
「さ、中に入って」
「お邪魔します」
キュウは人形のようだとネジは思う。
ひらひらしたドレス。
軽いステップ。
整った顔かたち。
「お茶を入れるわね」
「お願いします」
ネジはいつもの席につく。
キュウが歌っている。
「いつも歌っていますね」
「歌うとお茶がおいしくなるのよ」
キュウは笑う。
心をつかむ笑顔だ。
やがてキュウがお茶を入れてテーブルへとやってくる。
「お待たせしました」
慣れた手つきで上品にお茶を出す。
一連の流れがそこにある。
ささやかなお茶会。
めちゃめちゃになっていない。
何でこんなことを思うのかなと、ネジは不思議に思う。
「トビラの新作なんですって」
キュウはうれしそうに笑う。
やっぱりこの笑顔はいいなとネジは思った。