記憶のかけら
「また新作ですか」
「新作らしいんだけど…」
キュウがちょっと考える。
「熟成が必要で、そのときが来たらネジに飲ませてほしいって」
「熟成?」
「そうなの、不思議でしょ?」
「不思議ですね」
ネジはお茶の匂いをかぐ。
どこか、懐かしい匂いがする。
この匂いを、ネジは知っている。
「記憶のかけらって言うお茶なの」
「これが、ですか?」
キュウはうなずく。
「もしかしたらだけど、トビラがあなたの記憶を呼び覚ますために作ったのかもしれない」
「そうなんですか?」
「わからないけど」
ネジは手元のお茶を見る。
飲めば記憶が戻るかもしれないという、いわくつきのお茶だ。
思い出せるだろうか。
思い出して、今のままの気持ちでいることはできるだろうか。
「どうする?」
「飲みますよ」
ネジは口元を不敵にゆがませる。
そして、温度感覚のない記憶のかけらを一気に飲み干した。
がくん。
ネジの足元がなくなったような感じ。
次の瞬間、
ネジは感じたことのあるような、ないような感覚のところにいた。
ネジは誰かの中にいる。
まずはそう感じた。
なんというか、同調すれば外が見えるだろうかと思った。
懐かしい感じ。
けれど、つらい感じがする。
ネジは誰かに同調を試みる。
ネジの身体になっている、誰かと。
視界が、いつものように赤い。
赤い前髪。
その先に、時機人。
兵士として送られた時機人。
「ヨハネ、あとは任せた」
誰かの声がする。
「ああ」
ネジの外側が答える。
ネジはなおも同調して、
火薬のにおいや血のにおい、
生々しい戦場を感じる。
嗅覚、味覚、触覚、聴覚。そして、赤い前髪の視覚。
いつだって視界は赤かった。
ネジの外側は、ヨハネは、
ゆっくりと銃を構える。
ネジは知っている。
ラプターだ。
深呼吸を一度。
そして、引き金を引く。
視界に時機人がいなくなるまで、
視界に苦しみがなくなるまで、何度も。
ヨハネは叫んでいる。
銃弾はきれることがなく、
ひたすら殺し続ける。
兵士はどんどん涙に変わっていく。
兵器だ。これは間違いなく兵器だ。
殺すために生まれた、兵器だ。
やがて、ヨハネの目の前に動くものがなくなる。
みんな涙に変わった。
ヨハネは立ち尽くす。
戦場に立ち尽くす。
ラプターを抱きしめる。
「ごめんなぁ…」
ヨハネは何かに謝る。
「みんな、ごめんなぁ…」
ヨハネは涙を流さない。
けれども、ネジは感じる。
悲しみだ。
ヨハネはその内側に、
純粋な悲しみを抱いている。
車が近づいてくるのを感じる。
ヨハネはそちらを見る。
ネジもそちらを見る。
歯車動力が登載される前の車だ。
運転しているのは、銀髪の執事服の男だ。
「ボルテックス」
ヨハネがつぶやいた。
ボルテックスは、ヨハネの近くで車をとめた。
「乗れ、じきにクイーンが視察に来る。それまでに掃除はしたか」
「見ての通りだよ」
「そうか」
ヨハネは車に乗る。
助手席なのが、意識としてのネジは新鮮だ。
ボルテックスは、車を発進させる。
「どうだ、パーツの具合は」
ボルテックスがたずねる。
「…悪くない」
「今にも泣き出しそうだったのは、気のせいか」
「俺は泣かないさ」
ヨハネは言うが、ネジは感じている。
ヨハネの内側で、悲しみが渦巻いていることを。
しかし、パーツとはなんだろう。
ネジは成り行きを見ている。
「プロジェクトアリスが頓挫したかと思ったが、パーツを宿すという考えがあったとはな」
ボルテックスは、ややアクセルを踏み気味に運転をする。
ヨハネは黙っている。
「いつかそろうこともあるだろう。俺達の時間は有り余っている」
「そうだね」
ヨハネは外を見た。
時機人の兵士の残党が、
戦場になだれ込んでくるのを見る。
ボルテックスは、にやりと微笑んだ。
「ゼロ級物理召喚師をなめるな」
ボルテックスの右手が赤く輝く。
ネジは、それを知っている。