戦場
ボルテックスは、赤い右手で、指をはじく。
片手運転になって、車が不安定になる。
兵士がなぎ払われる。
横から真っ二つに次々と。
まさしく、なぎ払われる。
ネジの意識はそれを見ている。
何が起きているのだろう。
不安定になった車が落ち着いて、
ボルテックスが余裕綽々で車を降りる。
まだ残っている兵士がいる。
「風は範囲が広いが、殺傷にかける、か」
ボルテックスが分析をしたらしい。
ヨハネはラプターを手にして、車を降りる。
「左手も試すか。利き腕でないから、制御が難しいがな」
戦場に寒波が走る。
兵士が凍る。
凍てついて、止まる。
死んだのだろうか。
「熱量制御はこんなものか、二級程度と報告するか」
「…うん」
ヨハネはうなずく。
そして、死にかけた兵士のところへ歩み寄る。
「殺しておくのか?」
「それが俺のパーツの仕事だから」
「俺のパーツでは思いつかんな」
ボルテックスは肩をすくめる。
ヨハネはラプターを構える。
いくつもの死体の中で、
生きている兵士がいる。
生きていても死んでいても、
みんな涙にするんだ。
ネジはヨハネの意思を感じる。
掃除といわれるけれど、
安らぎを与えないと、苦しいままじゃないか。
祈りもへったくれもないけど、
自己満足かもしれないけど、
時機人は実験台かもしれないけど、
それでも、つらいのは嫌だと。
ヨハネはラプターの引き金を引く。
何度も何度も。
死体も死に掛けもみんな、掃除する。
涙にする。
中央が何を考えているかはわからない。
それでもヨハネは銃を撃ちまくる。
戦うものを皆殺しにする。
「ヨハネ」
声がかかる。
ヨハネははっとする。
我にかえる。
震える手で、引き金を引きまくっていた。
地面の一点が穴になっている。
そこに向けて撃ちまくっていたらしい。
「もう、いない」
「…うん」
動くもの動かないもの、
人の姿をしたものは、ボルテックスとヨハネしかいない。
「行くぞ、報告だ」
「うん」
ヨハネは助手席に乗り込む。
「召喚で運転が不安定になるのは、面倒だな」
ボルテックスがぼやく。
「俺も運転覚えるよ」
ヨハネがそう言う。
「そのうち歯車動力が正式に使われるようになると聞く」
「トビラが言ってたね」
ネジの聞いたことのある名前。トビラ。
「そうすれば、こんなポンコツじゃなくて、もっとましな車が出るだろう」
「俺、結構この車好きだけど」
「変なやつだ」
ボルテックスは車を運転したまま、笑う。
ネジの意識は知っている。
ボルテックスは、サイカだ。
イメージが少し違うけど、サイカだ。
じゃあ、ヨハネは。
赤い視界を覚えている。
ラプターを覚えている。
ラプターが使えるのは一人だけ。
ヨハネはサイドミラーを見る。
そこには、変わらぬネジがいた。
ネジの意識は納得する。
これは、過去だ。
ネジが忘れていた過去だ。
戦場の記憶だ。
生きているものも死んでしまったものも、
涙に変えていた過去だ。
歯車動力が正式導入される前。
世界が平和になる前。
それでも、時機人は導入されていた頃。
プロジェクトアリスが走り出していた頃。
頓挫したとボルテックスは言っていたかな。
そういう、不安定な頃だ。
パーツって何だろう。
ネジはたずねたかった。
この、過去のネジの、
ヨハネはわかっているらしい。
ボルテックスもわかっている。
でも、ネジだけわからない。
伝わってくるのは純粋な悲しみばかり。
ヨハネは悲しんでいる。
ネジはそれがわかる。
もともと一人なのだろうけれど、
ネジはどこか他人のことのように、ヨハネを見ている。
「一体何人殺せばいいんだ」
ヨハネがつぶやいた。
「それが死神の役目だ」
ボルテックスは言う。
「死神なんかじゃない」
「それでも、殺す役目ではあるだろう」
「…そうだね」
ヨハネは窓の外を見た。
そこは荒野で、
そこは戦場だった。