荒野を行く


荒野が続いている。
地平線の果てまで見渡せるような荒野。
どこまで行けばいいんだろうかと、
ヨハネがぼんやり考えているのを、
ネジは感じる。
「俺達に時間は山ほどある」
運転しながらボルテックスは言う。
「いずれ平和になる」
「なるかな」
「そのために実験をしている」
ヨハネは黙る。
「何か不満か?」
「よくわかんない」
ヨハネは答える。
「時機人システムはいずれ安定する」
「でも、彼女は」
「アリスはいずれトビラがどうにかする」
「彼女は」
「アリスを彼女と呼ぶのはよせ。あれはシステムだ」
「そうだけどさ…」
ボルテックスは前だけを見ている。
ヨハネはちらりとボルテックスを見て、
また、窓の外を見る。
「俺にとっては、不安定な彼女なんだよ」
ヨハネはつぶやく。
「パーツがもう一度そろえば、組み立てなおせれば、アリスは安定する」
「でも、リューズ抜きでは彼女は」
ネジが聞いたことのある言葉。
リューズ。
ネジは状況を理解しようとつとめる。
「どうにかなる。代わりを組み込めばいいだけだ」
「彼女がかわいそうだよ」
「システムにかわいそうなど、いらない」
ボルテックスは言うが、
ヨハネはどこか納得しない。
ボルテックスはため息をついた。
ネジが覚えている、サイカのため息だ。
「お前は変わっている。パーツを宿した所為か?」
「そうかもしれないし、そうでないかもしれない」
「まぁ、お前みたいな変人もいたほうがいいのかもな」
車は風を切って走る。
ネジが運転するよりは若干スピードを上げて。
「世界が完全になったときに、きっと失われてしまう」
「そうかな」
「少なくともトビラはそうしたがっている」
「俺がいなくなるのは別にいいよ」
ヨハネは窓の外の荒野をぼんやり見ている。
動くものは何もない。
「ただ、彼女を幸せにしたい」
「喜びでは不満か」
「青い空みたいな感情を持ってもらいたいんだ」
「よくわからんな」
「ボルテックスも知らないことあるんだね」
ヨハネはちょっと笑った。

遠くに建物が見えてくる。
ヨハネはそれを見ている。
磁器色している建物だ。
ネジはそれを知っている。
転送院だ。
ボルテックスは慣れた手つきで車を進める。
ネジの知っている、どこかの転送院。
転送院はどこも一緒だ。
「中央に」
ボルテックスが告げる。
ネジの知っている手続きで、
転送が執り行われる。

白と黒のフラッシュ。

ネジの意識はがくりとなった。

「ネジ、ネジ」
呼び声がする。
ネジの意識は、椅子の上にあった。
座っている。
テーブルがある。
この声は少女。
手は動かせるだろうか。
親指から。
ネジは親指を動かす。
そして、徐々に五感を取り戻す。
感覚が戻ってくる。
ここはキュウのドールハウスで、
呼んでいるのはキュウだ。
ネジはようやく頭を振った。
「キュウ」
「ネジ、夢を見ていたの?」
「記憶のかけらを見ていました」
ネジは答える。
ネジはヨハネだったのだ。
それが何かあって、ネジはネジになってしまった。
ボルテックス。サイカ。
ネジの過去の一部。

「つらかったかしら」
「でも、俺の記憶です」
「ネジは強いのね」
「何も知らないだけです」
キュウは微笑んだ。
「知らないことも知っていることも、強いのよ」
「そうなんですか?」
「そうなのよ。いっそサイカにすべて聞いてしまいなさい」
「サイカ教えてくれるかな」
「そうねぇ…」
キュウが考える。
「あれは執事の頃から、変なところで頑固だったしね」
「執事の頃?」
「ずっと昔よ」
キュウはころころ笑う。
キュウは一体どのくらいの年齢なのだろう。
この空間では、年齢なんて関係ないんだろうか。

ネジはキュウを知っている気がする。
記憶のかけらには、キュウのかけらはなかったけれども。


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