カラスの伝言


ネジはいつものように身支度を整える。
聖職者の服は、一晩で乾いて、いつものようになっている。
ケープもまとい、帽子もかぶる。
黒い聖職者の服は、
ネジの赤い前髪を余計目立たせる気がする。
目立ってもかまわない。
ネジは今はそう思う。
仕方がないことなのだ。
ネジは人を弔う。殺す。
いつでも逃げられるように、死神は目立っていたほうがいい。
ネジはそんなことを思う。

宿を引き払い、少ない荷物を積む。
車に乗り込む。
いつものように自然に、ネジは運転席に座る。
「意外だな」
乗り込みながらサイカは言う。
「いざって時に、サイカが動けたほうが間違いないよ」
「そうか」
ネジはキーを回す。
古いエンジンがかかる。
雨はいつものように降っている。
しとしとぱらぱらと降っている。

車はゲートを目指す。
サイカがスキャン用紙を取り出し、
中流階級へと入る。
「それで、カラスロボットを探せばいいのかな」
「カラスと呼べば来る」
「そうか、そういえばそうだったね」
「適当なところで止めてくれ、俺が呼ぶ」
「わかった」
ネジは大通りの路肩に車を止める。
傘もなく、サイカは車を降りる。
サイカは声を張り上げて、呼ぶ。
「カラス!」
しばらくの間。
やがて、雑音が聞こえる。
ぶぅんぶぅんと。
上から。

カラスロボットが降りてくる。
ぎちぎちぶぅんぶぅん。
真っ黒の箱を組み合わせたような、人型。
ネジは車の中からそれを見ている。
見当外れに、タオルでも持ってくればよかったなと思う。
サイカは雨に濡れている。
カラスロボットも雨に濡れている。
サイカは、カラスロボットに右手をかけた。
ぷすんぷすんぷすん!
反応が出て、ネジは何事かと思った。
やがてカラスロボットは収まると、
何かを胸の辺りにピカピカさせた。
(映像というやつだろうか?)
ネジは一人でそう思う。
サイカはうなずき、カラスロボットは空に帰っていった。

サイカが車に戻ってくる。
ずぶぬれというほどではないが、
しっとりと雨に濡れている。
「何かわかった?」
ネジはたずねる。
「トリカゴは一足先に上流階級へと潜入を試みるらしい」
「潜入?」
「トリカゴは研究者階級だ。それ以上にいくとなると、もぐりこみだ」
「どうするんだろう?」
「リュウのようにスキャンを偽造するか。ハリーのようにどこでも現れるか」
「トリカゴさんにはそんなイメージなかったけどな」
「あるいは…」
「あるいは?」
「プロジェクトのパーツを見つけて、鍵にしているのかもしれない」
「見つけられるものなの?」
「トリカゴも愚かではない。何か手を打っているはずだ」
ネジはなんとなくわかる。
トリカゴは計算している。
何といっても力学師だ。
力の流れを計算している。
ネジはそんな風に思う。

トビラが多分維持しているプロジェクト。
プロジェクトアリスは壊れている。
ネジはそんなことを思った。
パーツをそろえて、
彼女を解放するんだ。
夢見ている彼女を。

「何を考えている?」
サイカが声をかける。
「彼女を解放しなくちゃって」
「そうだな」
「うん」
ネジはうなずき、車を発進させる。

「記憶が戻ってきているらしいな」
「どうにも全部じゃないみたいだけど」
「上流階級の連中は見たか?」
「いや、それはまだだと思う」
「あまり愉快じゃない連中だ」
ネジは思い出そうとする。
上流階級ではリューズはずしが流行っていて、
薬を使って、腐らないようにしているとか。
やっぱり薬漬けなんだろうか。
「上流階級は、生体管理師が管理している」
ネジはそれをどこかで聞いたことがある。
夢の中だっただろうか。
だとしたらキュウだろうか。

生体管理師。
ネジは医者だと思っていたけれど、
医者というものはいないらしいなと思う。
古い言葉なんだろうか。
そして、管理をしているという人、管理をされているという人。
「ここから衛兵階級、研究者階級がある。その次が上流階級だ」
「上流階級ってそんなに大事な人たちなの?」
「さぁな」
いつものようにサイカははぐらかした。


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