上流階級


ネジは目を凝らす。
慣れてきた目は、知っている人の影をちゃんと捉える。
そして、知らない人影。
暗闇の中に、いる。
たくさん、たくさん。
「見えるか?」
「うん、人影が」
「これが上流階級ってやつだ」
ネジは目を凝らす。
たくさんの人影は、総じて何かに包まれている。
包装されているのかなと感じた。
ネジはそっと歩き出す。
足元にいろいろなものがあるらしい。
変な足音になる。
「足元に気をつけろ」
サイカが注意する。
「あしもと?」
「管がつながっている。これを断たれると連中はアウトだ」
ネジもう一度、慎重に歩き出す。
ぺしゃん、ぺしゃん、
変な足音が響く。
ネジはようやく、上流階級の住人のもとにやってきた。
透明の何かに包まれている。
ネジは触れてみるが、
ぺしゃぺしゃした感覚と、
中に何かが満ちている感覚しかわからない。
なんだろう?

「こいつらはリューズをはずして、薬につけられているんだ」
「リュウさんがすべて?」
「はずしたのは俺だけどな、みんなリスクを知った上ではずしたのさ」
「自己責任?」
「そう、自己責任だ」
ネジはラッピングされた住人を見る。
液体の中で、腐らずに、何をしているのだろう。
「彼らは何をしているんですか?」
「生きているんだ。そして、夢見てやがる」
「ああ…」
ネジは納得した。
夢見て腐る人を、ネジは見たではないかと。
満たされている液体は、
リュウの言うように、腐らない薬なのだろう。

「彼らはどうして、いちいちこんなことを?」
「さぁな、夢の中はすばらしいとでも思ったんじゃねぇか?」
「どうなんでしょうね」
「さぁな。俺はごめんだ」
リュウが肩をすくめたのが見える。
ハリーが音もなくネジの隣にやってくる。
「キュウのこと覚えてる?ネジさん」
「ええ」
「キュウは特権階級だよ」
さらりとハリーは隠されていた事を言う。
ネジがハリーのほうを向くと、
ハリーはにっこりと笑った。
「キュウはもっと守られている。こんなフィルムと薬よりも、もっと強固なもので」
フィルムと薬。確かにここはそれだけで守られている。
キュウはもっと守られているという。
ネジはイメージがひとつ出る。
「トビラ」
「そうだね、トビラはキュウを大事にしている」
ネジはフィルムというもので包まれた、
上流階級の住民を見る。
みんなこんなものにあこがれた。
みんな、夢に行ってしまった。
これが、上流とされるということ。
夢の中の、遠い笑い声を思い出す。
あれは上流階級が楽しんで出していた笑い声だったのか。

「ネジはどう思いますか?」
黙っていたトリカゴが語りかけてくる。
「俺は、なんだか嫌だなと思います」
ネジは思った通りを答える。
トリカゴはうなずく。
「なんか、いやです」
ネジは重ねる。
夢見るだけの薬漬け肉体なんて、嫌だと思う。
「でも、これは、この人たちが望んだことだったのです」
「止める人はいなかったんですか?」
「そのときには、誰も」
トリカゴは静かに語る。
「あらぬ方向に、歯車が動き出しています」
あらぬ方向、どこだかはわからないが、
力学師のトリカゴにはわかるのだろう。
「あるべき方向に、力を回さないといけません」
「あるべき方向がよくわからないです」
「ネジ、あなたの選択です」
「俺の?」
ネジはたずねる。
トリカゴはうなずく。
「あなたの定義で世界は変わってしまいます」
ネジは言葉でのどが詰まる。
言いたいことはたくさんあるのに、出てこない。
トリカゴは悲しげに微笑んだ。
「混乱も戦争も感情も、みんな要らないとした人が、こうして夢に逃げました」
「…うん」
ネジはちょっとだけならわかる。
でも、なんか嫌だ。
戦場のひどい感情も、それも含めて今のネジだ。

だから思う。
上流階級の、彼らは生きていないんじゃないかと。


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