キュウの正体
「ようこそ」
トビラは静かに告げる。
真っ白な空間。
ここが特権階級の空間。
「パーツは共鳴するようだね」
トビラが無表情に言う。
黒髪。背が高く、白い衣装を着ている。
「ここはほぼ、世界の中心だ」
トビラはそう言う。
ほぼ。
ネジの記憶が頭の中で何か組み立てている。
ほぼ中心。
中心には、彼女がいるんだ。
少しだけめまいがする。
少しだけ、ゆがんでいるなと感じる。
「いまさら世界を正そうというのか?」
トビラの声は空間に静かに響く。
「遅くはないですよ。今から、でも」
ネジはそう答える。
「…そんなに世界は不幸なのか?」
トビラは不思議そうにたずねる。
「世界を喜びで満たした。夢に逃げたいものは逃がした」
トビラは列挙する。
「欠けてゆがんでいるんです」
ネジは答える。
「いまさらだ。アリスはもう、ぜんまいとして機能している」
「彼女に遅すぎることはない」
「いや、遅すぎた」
トビラは答える。
「はずされた世界のリューズは、もう、戻って来れない」
「世界のリューズが?」
ネジはたずね返す。
トビラが視線を変える。
ネジはそちらを見る。
リュウがいる。ハリーがいる。
トリカゴと子ども。サイカがいる。
「そうだな、リュウ」
トビラが問いかける。
「ああ、リューズだけはどうしようもない」
リュウは答える。
トビラはうなずく。
「世界のリューズを宿したのは、ハートのクイーンだ」
「ハートのクイーン」
「トランプのトップとされている人物だ。そして」
トビラは言葉を区切る。
「一番最初に、世界のパーツを組み込まれた、失敗作だ」
失敗作。
ネジの頭の中で響く。
「世界の大事な部分を宿した、失敗作だ」
トビラは重ねて言う。
ネジはトビラのその言葉に、
言い様のない苦悩を見出す。
「何ならクイーンに会わせてやってもいいんだ」
トビラは苦悩を自嘲で塗り固める。
そんなことしても苦しいだけだと、ネジは言いたい。
トビラが宙に文様を描く。
空間に人影が現れる。
人影は硬い何かに包まれている。
それは透明で、
人影は…
人影は、透明な中で腐っていく、老婆だった。
「これがクイーンだ。世界のリューズの行く末だ」
ネジはじっとクイーンを見る。
「リューズをはずし、世界のリューズを組み込み、クイーンは失敗した」
「拒絶したんですよ」
ネジはなんとなくわかる気がする。
「同じリューズだと、当初は考えられていた」
「ぜんぜん違いますよ」
ネジは断言する。
「それがわかってから、トビラは後悔したんでしょう」
トビラの目が見開かれる。
「わかってしまったから、だから、クイーンを大事にしてるんだ」
「何を根拠に」
「キュウ」
ネジは一言、言う。
「キュウはクイーンだ。トビラが大事にしているのが、わかる」
ネジは改めてクイーンを見る。
微笑を浮かべたクイーンは、
キュウと同じような面影がある。
少しだけ、人形のような。
ネジにめまい。
「探さないでって言ったけどね」
キュウがネジのそばで残念そうに言う。
ああ、この空間は、
特権階級の空間は、
キュウの居場所ととても近いのだ。
「しょうがないわね、トビラが出しちゃったもの」
キュウは悲しそうに笑う。
「ネジ、世界のパーツがそろうわ」
「はい」
「私は一足先に、天使に会いにいくわ」
「天使」
「ほら、光が見える」
キュウが微笑む。
ネジの目にニィが映る。
世界になったニィ。
そして、世界になるキュウ。
ネジにめまい。
再び世界は真っ白い空間になる。
トビラが前に立っていて、
クイーンのなきがらがそこにある。
ニィが連れて行ってくれた、
ネジのやることが、まだ残っている。
「キュウ、クイーン」
ネジは二人分の名を呼ぶ。
「さよなら」
ネジはラプターを構える。
内側で透明の歯車が、狂ったように回っている。