女王の記憶
ネジは内側の歯車を感じる。
狂ったように回っている。
痛みに似た感情。
ネジはこの感覚を、何度も味わってきた。
ネジはラプターの引き金を引く。
感情が放たれる。
クイーンに、キュウに、
着弾する瞬間、
ネジは何かを感じ取る。
「アリスとは?」
ネジはその感覚を感じ、心に沈める。
これはキュウからのクエスチョンだ。
その身体に宿していた、問いなのだ。
ネジはそんなことを思う。
クイーンのなきがらは、一瞬輪郭を失い、涙に変わる。
あとには、朽ちた部品が転がっていた。
時計ですらない。
これがパーツというやつなんだろうか。
ネジはじっとそのパーツを見ていた。
不意に、空気が動く。
サイカが歩き出していた。
「あなたは…」
サイカがつぶやく。
「あなたは最後まで、女王でした」
真っ白な空間に、色がともる。
「あなたが新しい執事?ふぅん、ボルテックスって言うのね」
色彩は映像を結び、あどけない声を流しだす。
ネジはこの声を聞いたことがある。
声だけなら、キュウの声だ。
「あたしは世界の中心になるんですって」
映し出されるサイカがいる。
困ったように微笑んでいる。
執事服は今のまま、変わらないらしい。
トビラもいる。
「これは、クイーンの記憶だ」
トビラが言う。
ネジはわかっている。
サイカはクイーンの執事だったのだろうと。
だから世界について、こと細かいことも知っていた。
サイカもまた、世界の中心に近いところにいたのだ。
多分、トビラと同じくらい近くに。
幼いクイーンの、
感情が伝わってくる。
喜びだけでない、大戦の前。
リューズをはずされ、世界のリューズを埋め込まれるという恐怖、
失敗を告げられた諦め。
「あたしは世界のためになったのかしら」
失敗作とされ、年を取っていくクイーンは問う。
「プロジェクトアリスの、ためになったのかしら」
ボルテックスは答えない。
クイーンは取り乱さない。
女王だからだ。
執事の前ですら、女王だった。
「あなたは俺にとって、最初で最後の主人です」
サイカがひざまずく。
そこには、クイーンだったものの残骸。
パーツが転がっている。
サイカはパーツを拾い、
胸元に抱きしめ、
声も立てずに慟哭した。
クイーンの涙だ。
ネジはそう感じる。
クイーンの記憶のかけらが、
空間に色を放っていく。
思い出、様々の風景、
喜びだけでない記憶、
年を重ねていくクイーン。
年をとらない、自分達。
記憶のかけらにネジも姿を見せる。
黒い聖職者の衣装を身につけた、
いつものネジ。
多分この頃は、ヨハネと呼ばれていた。
「いつかあなたに終わりにしてもらうから」
クイーンがヨハネに告げる。
ヨハネは、よくわからないようなそぶりをする。
クイーンはころころ笑う。
キュウのような笑い声。
「ヨハネ、その歯車を、大事にしてね」
クイーンの記憶の中、ヨハネは不思議そうにクイーンを見ている。
空間がノイズ交じりになる。
ああ、終わりが近づいているんだなとネジは感じる。
キュウのこと、老いて薬につけられたクイーンのこと、
大戦が終わったこと、
ネジのなんとなく覚えていることが、
ノイズとともに走り去っていく。
「さよなら」
ネジは自分の声を聞く。
「さよなら」
女王の声がする。
空間は完全なノイズになり、
やがてぷつんと真っ白な空間になった。
皆がいる。
いるのに、決定的な何かが欠けてしまったように感じる。
この世界の女王はもういない。
トビラが崩れ落ちるように、ひざをつく。
何かを失ったような。
失ったのだ、大事なものを。
音のない慟哭。
大事なものが失われた瞬間だった。