悲しみの歯車


ネジは慟哭を感じる。
ネジの内側の透明の歯車が、回っている。
もう、女王のパーツは使い物にならないことを感じている。
サイカが抱きしめたまま、
声もなく嘆いている。

音のない世界。
色のない世界。

「こんなに…」
ネジは言葉を搾り出す。
「こんなになるくらいなら…」
ネジの内側が痛い。
感情が刺さって痛い。
「どうして、とめなかったんですか」
ネジは内側を傷つけながら、言葉を吐きだす。
内側の歯車が痛い。
つらい、とてもつらい。

沈黙が降りる。

「俺もな」
低い声が話し出す。
リュウだ。
「リューズの時点で嫌な予感はしていた」
リュウはため息をつく。
「取り返しがつかなくなるんじゃないかってな」

「ならなんで、とめなかったんですか!」
ネジは感情の痛みのままに叫ぶ。
「とめられっかよ!」
リュウがどなる。
怒鳴ったあとでリュウは、悔しそうにうつむく。
「とめられねぇんだよ。動き出したらな」
ネジは唇をかみ締める。
どこに感情を動かせばいいのかわからない。
女王は動き出したものにつぶされてしまった。
ネジはそう感じている。
そして、ネジは自分の無力さを感じている。
涙にすることしかできなかった。
それしかできなかった、と。

「パーツは…永遠に失われた」
うつろに、トビラがつぶやく。
多分、と、ネジは思う。
多分トビラは、パーツ以上のものを失った。
それはとても大事なもので、
トビラにとって、欠けてはいけないものだった。
シロウサギのうつろな慟哭。
三月ウサギの声のない慟哭。

「まだ」
静かに話し出す声がある。
「まだすべてが失われたわけではありません」
トリカゴが、静かに言う。
皆、トリカゴのほうを向く。
トリカゴはうなずく。
「パーツがすべて失われたわけではありません」
「でもさ」
すっと口を挟んだのは、ハリーだ。
「パーツを埋め込まれた僕達は、パーツをはずすと死んじゃうよ」
ネジはハリーの姿を追う。
ハリーはトリカゴの隣で、ニコニコ笑っている。
「世界のパーツをそろえると、僕らは死ぬ。そうでしょ、トビラ」
トビラは重々しくうなずく。

動き出したプロジェクトアリスは、
頓挫したばかりでなく、
こんな悲劇も用意していたのかと。
ネジは暗い気持ちになる。

「だから…世界を不安定なまま、安定させようと…」
トビラは言いかけ、口を結び、そして、また続ける。
「一人として失いたくなかった。失いたくなかったんだよ」
トビラは繰り返す。
「でも、僕達はプロジェクトのパーツを埋め込まれた」
ハリーが言う。
「あわよくばそろえようと思っていたけどね。僕は」
ハリーは笑う。
「みんな埋め込まれていたんだね」

サイカが立ち上がる。
「ネジ」
サイカが呼びかける。
「うん」
「中心に行け」
かすれた声でサイカが命じる。
「彼女を定義する。それがお前の役目だ」
「でも」
「彼女の定義次第では、パーツが俺達から外れる。世界が安定するかもしれない」
「そんなの」
「リューズは永遠に失われた。けれど、まだ世界は崩壊していない」
ネジは迷う。
崩壊という言葉を聞いて、さらに迷う。

(行こうよ)

ネジの耳に、ニィの声がする。

(迷って悩んで、そして行こうよ)

世界が呼んでいる、ネジはそう感じた。

「うまくすれば、お前を苦しめている、悲しみの歯車も外れるかもしれない」
サイカが言っているのが遠くで聞こえる。
ああ、この歯車は悲しみの歯車なんだと、
ネジはいまさら思う。
だから悲しみを撃ちだせたし、
だからみんな涙になったんだ。
これは悲しみだったんだ。

「悲しみと苦しみと痛みは、よく似ているよ」
ネジはつぶやく。
「ネジ」
サイカが呼びかけているのが聞こえる。
ネジは一歩歩き出す。

「いってきます」

ネジは振り返らない。
悲しみだけが頼りだ。


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