エーアイ


キュウも、ニィも、
人形のような彼女達は世界に帰った。
何ができただろう。
ネジは思う。
彼女達に何ができただろう。
何をしてあげられただろう。

ネジは歩く。
中心に向かって。
悲しみの歯車が導いてくれる。
ネジはどうしたいんだろう。
ネジは答えらしい答えを持っていない。

(トビラはね)
ネジの耳元で彼女達の声がする。
(誰も失いたくなかったのよ)
ネジはうなずく。
(中央の支配をすることによって、失うものを最小限にしたかったのよ)
(世界が止まって壊れたら、みんないなくなる)
(トビラはそれだけは避けたかったのよ)
「不安定に安定」
(そう、女王を生かし続けたのも、その一環)
(輝くリューズを宿していたのよ)
「でも、死んでしまった。リューズは失われた」
(リュウはクイーンを盗もうとした)
(彼も責任を感じていた)
(女王はみんなの中心だった)
(クエスチョン、アリスとは?)
ネジの記憶の中で、何かが引っかかった。
「輝く、リューズ」
何かが引っかかる。
輝く、なにか。

「ねじ」
声がして、ネジは振り返る。
そこには、トリカゴがつれていた、子どもが一人。
滅んだ町の生き残り。
トリカゴが見出した子ども。
「いかなくちゃいけないよ」
子どもは言う。
ネジはじっと子どもを見る。
何か、違和感がある。
時計を内側に宿した時機人と、
パーツを宿した自分達と、
何か違う感じ。
ここに来てはっきり違いがわかってきた。
輝くものを内包している気がする。
「ねじ、いかなくちゃ」
ネジはうなずく。
「君の名前は?」
「エーアイ」
「エーアイか」
「トリカゴがつけてくれたよ」
ネジはなんとなく思い出す。
古い言葉で輝く感情を意味する言葉。
AIでアイと読ませる言葉。
キュウが言っていた、
エーのひとつがこの子どもなのかもしれない。

(エーアイ、間に合ってよかった)
(行きましょう、中心へ)
彼女達の声がする。
エーアイは微笑む。
ネジはエーアイの手をとる。
あたたかい。
体温とはこんなにもあたたかく、やさしいものだったのか。
歩き出す。

世界を何かしら変えられるのなら、
ネジは旅が楽しい世界がいいなと思った。
変わらなくていい。
けれど、このままでは女王を失って、
世界は崩壊するとか言われている。
どうしたものかなとネジは思う。
人形のような彼女達。
ネジの記憶の中の彼女達。
世界に帰った彼女達は、
光になってネジを導かんとしている。

トビラはもう、世界を不安定に安定させ続けることができない。
ネジが夢のたびにこの空間に来ることも、
予定に入っていなかったのかもしれない。
彼女が止められてしまったら、
喜びの歯車を回す彼女が止まってしまったら、
それこそ世界が終わってしまう。
トビラにとって彼女はぜんまいでもあるのだ。
動き続けなければならない。

ネジは世界のすべてを見たわけじゃない。
けれど、思う。
悪くないなと。
こんなに感情と驚きと喜びに満ちた世界。
プロジェクトアリスは、永遠を作ろうとしていた。
この世界が、生きつづけて、
いろんな人が有限の時間を精一杯生きて、
命が生まれて、死んで。
こつこつと時計が回るように続いていく。
永遠って、小さな刻みの繰り返しじゃないかと。
大戦前には、神様という概念があったらしい。
それは、世界を創造したり、人を超えたものであったらしい。
そんなのなくてもいいよとネジは思う。
神様は楽園にでもいるといいよと。
結構ここも悪くないし、
プロジェクトアリスが頓挫しても、
ここに命がある限り永遠だ。

「生きよう」
ネジは言う。
誰に向けてでもなく。
誰に届くわけでもなく。
生きることが、彼女への答えのような気がした。


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