空間の壁
ネジとエーアイは手をつないで歩く。
空を歩いているようなきがするし、
地上を歩いているような気がするし、
または、海の底を歩いている気もする。
どこともつかない、この空間。
夢の中の空間と同じところ。
今ネジは、意識でなく、
ネジの生身として、ここにいる。
それが夢とは違う。
真っ白の空間に、
不意に扉が現れる。
ネジはわかっている。
これは、夢で無意識に開いていた扉だ。
ネジは右手をかざす。
扉が開く。
きっと、内側の歯車に反応しているのだ。
歩いては扉。
トビラが誰も入れないように、
厳重にした結果なのかもしれない。
ネジは一つ一つ開いていく。
一つ一つ開くごとに、
一歩一歩歩くごとに、
あの空間が近づいてくる。
夢で見た、あの場所が。
ネジは覚えている限り最後の扉を開く。
扉は音もなく開く。
ネジの目の前に、
あのときの空間。
遠くに壁、
逆には森。
主のいない、ドールハウス。
ネジはそれをさびしく思った。
「ねじ」
エーアイが呼びかける。
「どうするの?」
「壁の向こうに彼女がいます」
「うん」
「できれば壁を壊します」
「うん」
「そして彼女を夢から覚まして、彼女を定義します」
「そしたらねじは死なない?」
「死ぬかもしれません、出会った友人達も」
「それはだめなことだよ」
エーアイが頭をふるふるとふる。
「だめなことだよ」
「じゃあどうすればいいのですか?」
ネジは少しかがみ、エーアイに目線を合わせる。
赤い前髪でネジの視線は見えないが、
大体そのくらいにかがむ。
「うまくいえないんだけどね」
エーアイは言葉を選ぶように話す。
「エーアイにしかできないことがあるんだ」
「君にしか」
「うん」
「聞かせてもらっていいですか?」
「今はまだわからない。けど、壁を壊したらわかる気がする」
「エーアイにも、わからないんですね」
「うん」
エーアイはうなずく。
ネジは立ち上がる。
そして、また、エーアイと手をつなぐ。
「行こう」
「うん」
ネジは一度、主のいない森を振り返る。
とても懐かしいと思った。
壁へと歩く。
拒絶する壁。
トビラが作り上げたもの。
空高く続いているようでもあり、
下も果てなく続いているようにも見えた。
どこまでも、壁。
「どうするの?」
エーアイがたずねる。
「聖職者がやることは、ひとつです」
ネジはエーアイから手を離すと、
腰に下げていたラプターを手に取る。
重い銃。
こめる銃弾は、ネジの内側にある悲しみの歯車。
ネジは深呼吸する。
歯車を狂ったように回す。
ネジの中の悲しみの狂気。
誰彼かまわず涙にしかねない、凶器。
武器で兵器だったもの。
何人も殺していったこと。
安らぎを与えることと紙一重の遠さだったこと。
ネジはラプターを構える。
感情がものすごくいたい、つらい。
でも、この感覚はネジだけのもので、
誰にも理解できない。
純粋な悲しみ。
撃ち抜かれれば涙に変わるほどの悲しみ。
ネジの記憶の中、
涙に変わっていった人たちがよぎっていく。
ネジは悲しみすべて銃弾にして、ラプターにこめる。
悲しみが、少なくなりますように。
ネジは祈る。
祈りの文句なんて知らない。
ただ、悲しみの中に祈りをこめて。
ネジは引き金を引く。
今までになかった銃弾。
透明で、輝く銃弾。
放たれ、壁に着弾する。
壁が、着弾したそこから、
ひび割れる。
ぱり、ぱりと、壁が少しずつ崩れる。
やがて、壊れるそれは規模を少しずつ増していく。
ばらばら、がら、がら、
崩れる規模が一定を超え、
壁の姿を保っていられなくなったそこで、
壁は大きくはじけた。
ぱりん、と。
破片は涙に変わり、
爆風に似た、風が吹く。
壁は壊れた。
ネジのすべきことは、まだある。