喜びの歌
音楽が聞こえる。
ネジはまずそう思った。
壁が壊れて、
世界の中心が姿を現す。
そこには音楽がある。
ああ、ここからラジオに音楽があったのかと。
そして、静かに満たされていく感覚を持つ。
ああ、パーツは音楽に反応して満たしていくんだなと。
一部の好事家というのは、パーツを宿したものだったんだなと。
ネジはいまさらそんなことを思う。
世界の中心は、
大きな青白い歯車。
その周りに、どこか欠けたパーツの群れ。
トビラが維持をしていたゆがんだ世界の中心。
ネジがアクセスできないように、
ネジが壊さないように、
壁が守ってくれていた。
もう、壁はない。
パーツも、リューズは確実に失われた。
ゆがんだ世界の中心は、
仕組みの役割を見失って、壊れかかっている。
ここから世界が壊れるんだとネジは思う。
ネジは探す。
彼女を。
世界の中心のパーツの群れの中、ネジは走る。
エーアイの手を無意識に解いて、
ネジは走る。
彼女を夢から覚まさなくちゃと。
彼女を、彼女を、
音楽が流れる。
ステップがたんたんと聞こえる。
彼女が、いる。
アリスとも、ぜんまいとも言われていた、
彼女がいる。
ネジの記憶が走る。
彼女は…時機人ではない。
パーツも宿していない。
純粋に命だったと。
ネジの記憶がそう、走っている。
たん、たん、
彼女はステップを踏んで、青白い歯車を回している。
ネジは、青白い歯車の上に上がる。
音楽が聞こえる。
たん、たん…
彼女が立ち止まる。
そして、振り返る。
人形のようだ。
ニィが重なる。
キュウが重なる。
人形のような、アリスと呼ばれた彼女に重なる。
(アリス、とは?)
クエスチョンが聞こえる。
ネジの内側で聞こえる。
今がそのときなのだ。
「アリスとは、彼女です」
ネジは定義する。
アリスの証人は定義する。
ネジのエー。
アリスのエー。
アンサーのエー。
正答なんてわからない。
ネジは定義した。
アリスとは、彼女だと。
彼女の目が、ネジをじっと見つめる。
彼女が立ち止まった青白い歯車が、止まる。
音楽が聞こえる。
音楽だけはずっとともにある。
「夢から覚めてください。そして、旅に出ましょう」
音楽の中、ネジは彼女に手を差し伸べる。
喜びの歌が聞こえる。
ああ、これは喜びの歌だとネジはわかる。
祈り、救い、歓喜、
喜びだけではない、すばらしき世界。
彼女を止めたら、この世界は壊れるかもしれない。
それは絶望とか言うものに似ているかもしれない。
パーツの群れが崩れる。
あちこち、ひずんでいたところから。
プロジェクトアリスが終わる。
ネジはそう思う。
ガラガラと崩壊する世界の中心。
高らかに喜びの歌が流れる。
ここにサイカがいたら、どんな顔をしただろう。
仕方ないと苦笑いをしただろうか。
旅で知り合った友人のパーツを優先したわけじゃない。
ただ、彼女を彼女としたかった。
ネジはただそれだけのためにここに来た。
彼女はネジの手をとり、微笑む。
世界が終わり、旅が終わる予感。
崩れる世界で、ネジの前髪が風で上がる。
彼女は微笑んだ。
「きれいな目をしているのね」
ネジは照れたように笑った。
前髪が再びかかり、
ネジの視線がわからなくなる。
「それじゃ、出番かな」
子どもの声がする。
ネジはここにいる子どもの声を一人しか知らない。
エーアイがネジと彼女のそばにいる。
崩れる世界の中で怪我ひとつしていない。
彼女はエーアイを見つめる。
エーアイはにっこり微笑んだ。
「そのためにここに来たんだ」
彼女は、不思議そうな表情をする。
エーアイは、彼女をぽんと押して、
ネジの腕の中に収める。
「ここからはエーアイの仕事だよ」
エーアイが宣言した。