九龍的日常:5月11日
フリーマーケット。
おもちゃマスターのトラは、
ここに面白いものがないかと見に来ていた。
みんなまじめに九龍していて、
当たり前だけど、はずれがない。
トラは、不意に妙なことを思い出した。
真面目なおじさん、ずっと座っていた。
真面目なおじさん、座って仕事をし続けていた。
真面目なおじさん、立ち上がれなくなった。
真面目なおじさん、死ぬまで仕事した。
九龍が座っているとも思えないけれど。
九龍が、止まってしまったら、
どうなってしまうのだろうかとトラは思う。
九龍は真面目なおじさんじゃない。
けれど、多分トラはらしくないことに、
変革が怖いのだ。
居心地のいいここが変わることに、おびえている。
トラみたいなおもちゃマスターを、
受け入れてくれる場所がよそにあるだろうか。
ないかもしれない。
それが、とても怖い。
九龍は何でもアリだと思う。
九龍らしさを昔は突き詰めて考えようとしていたと聞いた。
どうなってしまうんだろう、この町は。
楽しい時は楽しむべき。
イベントだって楽しければ楽しむさ。
けど、楽しむことを強要するような存在に、九龍がなったら、
トラはその時どうすればいいんだろう。
何でもいいんだよと、今の九龍も言っているのだろうか。
トラは九龍の声が聞こえない気がする。
気がするだけで、九龍はみんなに語りかけているのだろうか。
おもちゃマスターのトラにとって、
この町は母であり父であり兄弟であり友だ。
変わらないでいてほしい親しいものだ。
トラは思う。
どうか、いつも、くだらない話のできる場所であってほしいと。
居心地のいいところであってほしいと。
トラはほかに居場所を知らない。
ここにいたい。
強く思う。
イベントひとつで変わる町ではないけれど。
いつかイベントが変質したら、トラはどうすればいいだろう。