九龍的日常:5月13日


玉蘭路。

あまり通る人もいない、
アパート近くの通りだ。
リュイはそこを歩いていた。
さびしげな通り。
玉蘭なんて名前つけられて。
名無しの通りでもよかったのに。
なんでこんな通りが玉蘭なのかしら。
知っちゃいけないのかしら。
知ってもしょうがないのかしら。
ならば知らない顔をした方がいいのかしら。

リュイが玉蘭路を歩いていたその時、
アパートにかえるべく、ロックが歩いてきた。
この薄暗い九龍の町で、
サングラスをしているロックは変に目立つ。
リュイからも目立つ。
とりあえず、ぺこりと会釈。
ロックも、軽く会釈。

二人はどこかへまた歩いていく、はずだった。
ロックが思い出さなければ。
「リュイ、さん、ですよね」
「はい」
「飴玉のリュイさん」
「そこまでご存知?」
「情報通のエイディーってのがいましてね」
ロックはリュイに向き直り、
「あなたにあったら伝えるように、ということがあります」
「言伝?」
「そうです」

曰く。
全てに意味があろうと思うな。
意味がないことに意味のあることもある。
玉蘭は確かに意味なきものかもしれない。
しかし、今は、だ。
明日には何か意味あるものかもしれんぞ。

「というようなことです」
ロックは言霊を解放し終えたように、ため息をついた。

リュイはびっくりした。
エイディーはいったい何なのだろう。
そして、玉蘭に何も意味がなくても、
美しい名前に何も意味がなくても、
いいんだ、今は。

ここが美しくなるとも思えない。
ここに商店街ができるとも思えない。
明日、未来、何があっても、
誰が通っても玉蘭路ならそれでいいのかもしれない。

「ロックさん」
「はい」
「ありがとう」
リュイからするりと感謝の言葉が生まれる。
ロックは笑顔になる。

「そうだ、飯店でイベントの話があったんですけど…」

立ち話はちょっと長くなりそうだ。


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