九龍的日常:5月14日


壁男。
九龍名物、壁のことを考えて壁になった男。
シャックーは大飯店から迷った末、
壁男のもとに、たどり着いた。

壁男は気さくでいいやつだ。
飯店までの帰り道を、細かく教えてくれた。
「迷うのを楽しんでもいいと思うよ」
壁男は言う。
「自由に歩けたらそれもいいけど」
「けど?」
「そしたら、僕のところに偶然たどりつくこと減るよね」
「偶然は減るかもしれないけれど、必然は増えるさ」
シャックーは言う。
壁男はキョトンとした。
「会いたくて、ここに来ることが増えるってことさ」
壁男は笑った。
「そうだといいな。みんななかなか来ないから、ちょっとさびしいんだ」

聞けば、壁男の仲間は、今は忙しいのか、来ることが減ったという。
忙しいのをしょうがないと片づけられるのは大人かもしれない。
でも、たまには癇癪起して、
なんで会いに来ないんだよー!
と、ワーワー大泣きして困らせるのもありじゃないかとシャックーは思う。
でも、それができないから壁男は、
壁になりもするし、気さくでいいやつで、
そして、きっとさびしがり屋だ。

年齢不詳。
妄人に年齢はわかりにくいものだけど、
壁男は大人でもあり、子供でもあり、
何より九龍の一部だ。
誰も来なかったらさびしいのは、
壁男もそうだけど、
九龍の町自身がさびしいのかもしれない。

「近く、イベントがあるよ」
シャックーは言う。
「5月の?」
「そう」
「じゃあ、みんなに会えるね」
壁男は笑った。
心から嬉しいんだろうなと、シャックーも笑った。

「ファイアの日に会える」
壁男は言う。
「ああ、ファイアの日に会える」

古い友人にも、会いたかった人にも、新しい誰かにも。
きっと会える、そんな気がした。
ファイアの日に会える。
いい言葉だなと、シャックーは思った。


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