九龍的日常:5月18日


九龍の町には珍しく、
電話の置かれている部屋がある。
そっけない部屋に、電話一つ。
家具もあるけれど、誰かが住んでいる気配はない。
通称電話の部屋。

見習い風水師のシアンはそこに迷い込んだ。
いまだに時々迷うのは、もう、どうしようもないとして、
さて、この部屋はなんだろうか。
誰かへのホットラインだろうか。
あるいは、妄人か何かだろうか。
邪気は感じないから、
本当にただの電話の部屋なのかもしれない。

「電話、かぁ」
電話のことを考えすぎて、
黒電話男なり、携帯電話男なり、
そういうものになったという噂だけはよく聞いた。
邪気に当たりすぎるとそうなるのだろうか。
そもそも、電話のことを考えすぎるってなんだろう。
シアンにはわかりづらいことだ。

ノックが二つ。
すぐさまドアが開く。
ホァンが何かの荷物を持って入ってきた。
「まいど!点心のおとどけ…あら、シアンじゃないの」
「俺、何にも注文していないけど…」
「あら、そうなの?」
「この部屋には誰もいないみたいだし。イタズラなんじゃない?」
「電話があったのよ」
「電話?」
「黒電話の部屋に、腹を空かせた風水師がいる。って」
「…おれ、電話してないよ?」
「電話とったシャックーも首かしげてたのよね。知らない声だって」
「ふぅむ…」
「とにかくさ、お腹満たそうよ」
ホァンはニコニコしながら、荷物であるところの点心を広げる。

鳴らない電話の部屋で、
シアンは腹を満たしながら考える。
黙っている人が何も考えていないとは限らない。
そう、黙っている電話が、どことも通じていないわけでもない。
(ありがとうございます)
シアンは電話の主に心でお礼を言う。

腹が満ちたら元気になる。
飯店にちょっと顔を出そうかとシアンは思う。
みんな楽しいイベントにしたくて、大騒ぎをしているはずだ。


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