本の執念


僕はばさばさばさっと何かの中を落ちていく。
枝かな、とりあえずそう思うけれど、止まるものじゃない。
星はとっくに見えなくなって、
僕はやっぱり目を瞑って落ちる。

ばさばさばさっと、僕は音を引き連れるように、
落ちて、一瞬空間に出て、
そのあと、ばさばさなっている、乾いた音が僕に襲い掛かって、
僕はうもれる。
乾いた何かは僕を傷つけることはしないようだけど、
どうもいっぱいだ。
たくさんたくさん。これはなんだろう。

「あーあー、蔵書がめちゃめちゃじゃないですか」
やっぱり声がする。
ここにも誰かがいるようだ。
「はい、埋まってるのはわかってるんです。手を出してください」
僕はとりあえず、精一杯手を伸ばす。
もぞもぞ、ぽん、とばかりに、手が気持ちよく外に出る。
「ああ、そこですか。今掘り出しますからね」
乾いた音が、がっさがっさ、と鳴っている。
「電子媒体の意識でも、本に埋まるんですね…っと、もう出られるでしょう」
「ありがとう」
僕は掘り出してくれた人にお礼を言う。
掘り出した人は分厚い眼鏡をかけていて、
「私はここの司書。こういったことも私の仕事です」
男とも女ともわからないけれど、
司書という人は、きりりといった。

僕は掘り出されたそこを改めて見る。
山ほどの本だ。
蔵書、そういうものなんだろうと僕は納得する。
「直さなくちゃ」
「私の仕事です。お気になさらずに」
「でも、本が破れちゃったりとか」
「執念を甘く見てはいけませんよ」
僕はちょっとびっくりする。
「本の執念です。本は無限の命を持っています」
「むげん?」
「本はいくらつぶされても、誰かが受け継いでいき、何度でも生まれ変わります」
「ほんとうに、そんなことが?」
「ええ、本は生きています。そして、何かを伝えるためだけの執念は半端ないものです」
司書さんは、じっと僕を見る。
「本に記録した思いが消えることはありません。本はそれだけに生きています」
「生きて…いる」

僕は本を一冊手に取る。
世界の果てと書いてあったような気がする。
開かれたページの絵に釘付けになる。
「いってらっしゃい」
司書さんの声が遠くになる。


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