おさかなの話


こわいわるいお魚がいました。
お魚は自分の思ったことを、思ったようにするのが好きでした。
だから、お魚は乱暴です。
だから、お魚は勝手気ままです。
お魚にはぎょろりとした目玉と、ぎざぎざした歯があります。
ひれはとんがっていて棘のようで、
触れば刺さるかのように見えるのでした。

こわいわるいお魚は生まれたときから一匹でした。
お魚と同じお魚はいません。
みんな何匹も同じお魚と一緒にいます。
こわいわるいお魚は、いつも一匹だけでした。
こわいわるいお魚は思うのです。
誰もまわりにいない、これが自由だと。
お魚の気持ちの自由。
こわいわるいお魚をジユウと呼びましょう。

ジユウは、みんなのことが大嫌いです。
普通のお魚が大嫌いです。
ジユウは、らくがきが抜け出たような、こわいわるいお魚ですから、
ぎょろりとした目でにらまれると、
ぎざぎざの歯を光らせると、
何もかもが怖がって逃げてしまうのでした。
友達はいません。
みんな逃げていくから、みんな大嫌いです。
だからジユウは乱暴になっていきます。
だからみんなもっと怖がります。
ジユウはもっと一匹になります。
ジユウはそれを自由だと思うのです。

思ったことを言って何が悪いんだ。
ジユウはそう思います。
何を思っても何を言っても自由だろう。
自由をしているのに、何で誰もよってこないんだろう。
みんな嫌いなんだ。
だったらこっちも大嫌いだ。

ある日のこと。
ジユウは一匹で泳いでいました。
ふと通りかかったそこに、
目が溶けるほど泣いているお魚を見つけました。
お魚は傷だらけで、
明らかに死に掛けていました。

お魚は、ジユウを呼びます。
「どうか、そばにいてくれないか」
ジユウは乱暴で自分勝手なお魚ですから、
他人に指図されることなど大嫌いです。
それでもお魚は言うのです。
「とても怖いお前なら、痛みも逃げ出すさ」
ジユウは試してみたいと思いました。
痛みというものまで逃げてしまうのか。

お魚のそばにジユウはやってきました。
お魚は笑ったように見えました。
「もう、痛くない」
溶けるほど泣いていた目が、静かに泡になりました。

ジユウは自由が好きです。
でも、また、誰かに呼ばれたいとも思うのです。
そのときは、また、痛みも逃げるだろうかと。


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