咲くも散るも
花は咲く。
花は散る。
あたりまえのように。
絶望の大地にもいつか花が咲くように。
花が咲いてしまうように。
花は人の負の感情をすすって、美しく咲く。
花に希望を見出すならば、
それは絶望の裏返しが、よく似ているのかもしれない。
花は美しく咲きたい。
それだけを願っている自由な生き物だ。
みんなに不幸になってもらわないと、
花は美しく咲けない。
花は語ることをしない。
ただ、不幸を不安を絶望を、消化して、昇華して、花を咲かせる。
みんなみんな花の糧になってしまえ。
よりいっそう花が輝くように。
花まみれの大地になるように。
花は微笑むように咲く。
それは、負の感情を裏返した表情。
あるいは、絶望しきったらそうするしかないような表情。
微笑んでいる。
まだ感情があるように見える、そんな花の表情。
風にそよいでは笑うように。あるいはささやくように。
くすくすと。ひそひそと。
不幸を噂しあうように、笑っている。
美しくありたい。
花はそれだけを願っている。
限りある花の命を輝かせ、
種を宿して散る。
散るときは儚く。
花が花であったのが嘘のように。
その空間にははじめから、
花というものが、なかったかのように。
あるいは、最初からそこには負の感情がなかったかのように。
花は、自由気ままに咲き、
不幸を昇華できるだけし尽くして、
何もないものを後に残す。
それが種。
種には何もない。
花がすすった不幸も不安も絶望も、
全部なくなって。
種には、もはやひとつの自由しかない。
すなわち。
美しく咲く自由。
生きて生きて生き抜いて、美しく咲くだけの自由しかない。
絶望の大地にもいつか花が咲いてしまう。
美しさを求める花が咲いてしまう。
それは良いことなのか、悪いことなのか。
絶望があるのはよくないことなのか。
絶望が昇華されるのはよいことなのか。
自由な花は言葉を持たない。
ただ、自由だ。
ひとつの種が芽を吹く。
あたりまえのように。