即興旋律
手は白黒の大地に降り立つ。
鍵盤と呼ばれる大地に。
そこで世界を作り上げる。
聴覚がすべてを支配する世界を。
そのときその手は神であり、
だれも見たことのない旋律を、
自由に作り出す唯一の創造神になる。
即興の旋律。
何にも記録されていない、そのときに作られた旋律。
今まさに生まれ出る自由な旋律であり、
白黒の鍵盤の限界を超えようとしている、
もがき苦しみの音でもある。
手は這いずり回り、跳ね、駆ける。
人というものがいつもそうであるかのように、
大地に縛り付けられ、
自由というものがないかのように。
自由はある。
白黒の鍵盤の大地から、
生まれるこの旋律は自由じゃないか。
白黒の大地が叫ぶ音は、いつだって自由じゃないか。
即興の旋律が駆け回る。
大気を震わせ、ちりちりと肌を恐れさせ、
即興旋律の神は、まだ足りないと鍵盤の大地を叩く。
自由はこんなものではないと。
叩く、叩く、叩く。
こんなものじゃない、自由とは、もっと、もっと、
こんなものじゃない、世界とは、もっと、もっと。
出てこい。
その中から出てこい。
神の中と、神の外で、
聴覚を介した戦争が起きる。
自由を求める戦争が。
ジユウよ出てこい。
お前はこんなものじゃないはずと。
白黒の大地で美しい旋律の戦争。
神の苦しみの旋律。
産みの苦しみの旋律。
ジユウ。
お前はどんな姿をしている?
手は問いかける。
大地に向けて問いかける。
音が耳に答える。
神よ、創造神よ、あなたならば感じられるはず、と。
ジユウの姿が見えるはず、と。
神は生み出さんとする。
旋律という形で、ジユウを生み出そうとする。
そうして生まれたジユウの姿を、
神は未完成だと感じた。
それでも、旋律を生み出した神は、
創造物を愛さずにはいられない。
ああ、そうか、と、神は思った。
神にだって自由がある。
この手は白黒の大地を越えられるかもしれない。
神は世界を作り、それをよしとした。
即興の旋律は心地よい一音を残し、
手は鍵盤を静かに下りた。