味覚の支配


何を食べてもいいのよ、と、いわれた。
ここには望むすべての食べ物がある。
お腹いっぱいになるまで何を食べてもいいという。
何を食べよう。
頭の中は緩慢にぐるぐると回転する。
そのとき、多分食べ物に支配されている。
もっと上から縛られているのかもしれない。
上から、飢えから。

それでも。
僕の舌は貪欲に食べ物を味わいたいとうめき、
僕の腹は、何でもいいから食べ物がほしいとわめく。
僕は手近にあった飲み物に手をつける。
舌に流れ込むと同時に、少しの痛みとともに渇きが潤い、
口の中いっぱいに冷えた液体が広がり、
唾液が機能し始め、味覚が貪欲になったことを感じる。
そうしてはじめて、飲み物が甘いと感じる。
心地いいとかそういうものじゃない、甘さの刺激をようやく認識できた。
飲み物は口の端からだらだら流れ、外から中から僕の喉を潤す。

渇きが潤ってはじめて、
僕の味覚が本当に解放されたことを知る。
僕の味覚は自由だ。
何を食べても、何を味わってもいいのだ。

手近な野菜をばりりとかじる。
緑のにおいとともに歯に刺激。
味覚には新鮮な苦さと、野菜汁の甘さ。
熱い肉の塊を手でつかんで口に持っていく。
やけどしそうな熱さは、むしろ舌を貪欲にする。
前の歯で肉を引きちぎり、熱い肉の汁が流れるままに。
喉まで焼けそうな肉、その肉の味を舌が伝えようとして饒舌になる。
歯が語ろうとしている。
唾液が奥歯まで駆け巡る。
肉を噛み砕く。
味覚に伝わる肉の悲鳴。
そこに感情はない。
ただただ、味覚が自由に踊っている。

次の食べ物を、何か、何か食べたい。
ここには食べ物が何もかもあるのに、
自由に食べていいと言うのに、
飢えは満たされない。
なかなか満たされない。
甘い果汁も、辛い異国の食べ物も、
安い食べ物も、高価な食べ物も、
自由な味覚は味わっていく。
味わって、どんどん腹に入れていく。
味覚がすべての世界。
何も見えない、何も聞こえない。
感じるのは味だけ。
味覚が全てを支配している自由な世界。

大丈夫、心配することはないから。
ここにすべてがある。


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