邪気夜行 5の物語


それはテレビだ。

捨てられた、ブラウン管のテレビだ。
今までさまざまの物を電波を受け取って映し出してきた。
人だったり、風景だったり、
映している時は物として考えるものもないけれど、
こうして捨てられて思う。
映している時は、幸せだったのだ。

電波は夢のようなものだった。
ゴミ捨て場でテレビはそんなことを思う。
思う、そうか、私は思っているのか。
電波が揺らいだ、ただのゴーストだと、
画面がぶれる現象のように、
テレビとしての意味がぶれている、
さなかなのかもしれない。

物の意思というものは、
邪気にさらされるととても弱い。
人だって意識がおかしくなるのに、
物ときたら、
受け入れるそれしかできないのだ。

ゴミ捨て場に人がやってきた。
拾って直すなんて酔狂な人間は、ここには来ない。
壊すのだ、憂さ晴らしに。
そしてその憂さ晴らしが、きっとテレビの最後の堤を壊す。

へらへら笑っている男ども。
金属バットが得物か。
さぁ、壊すがいい。

金属バットが唸りを上げて、
ブラウン管に炸裂、した、はずだった。
ブラウン管に浮かんだ顔は、
へらへら笑う男たちのうちの一人で、
ヅヅッとノイズが混じって、
さまざまのグロテスクな顔に変わる。

「ここからはもう出られない」
軽い憂さ晴らしや、悪臭、ゴミへの嫌悪、
向けられてきたゴミたちが、今、鬼律となる。
「テレビはね、何を映してもいいんだ」
ブラウン管の中から、へらへら笑う彼らの顔が語りかける。
「肉がほしいね肉のシミがほしいね憎しみがほしいね欲しいね」
テレビのコードは蛇のように一人をとらえた。
憎しみは邪気の糧となる。
悲鳴も恐怖も、スパイスに過ぎない。
「君たちもテレビに出たかったんでしょ?」
彼らの顔をして、彼らに語る。
「テレビはあるよ、この中に入ればいいんだ」
電波が。
一瞬だけ、テレビは何か思い出しかけた。
怒れるアンテナはどうしているだろう。

彼らの肉を食らい、
テレビは沈黙した。
腹が減ったら、また、邪気の赴くままに動けばいい。

それは鬼律。
テレビの鬼律。


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