邪気夜行 6の物語
それはバスタブだ。
そのバスタブには数々の女が入浴した。
バスタブは自分の居場所を、
高貴なところと思っていた。
女は美しい、特に足が美しい。
その足を飲みこめるバスタブは、
とても尊いものだと思っていた。
どの足もきれい。
足は足というだけできれい。
足を包む靴より、
足も含めて飲み込む私は、
なんと尊い物でしょう。
バスタブは、足にとりつかれた。
人が妄人になる過程に近い。
バスタブにはバスタブの理想の足の、記憶がこびりついた。
いつしか、おばけバスタブとおそれられ、
バスタブは娼館からゴミとして出された。
そう、そういうところだったのだ。
バスタブは夢想する。
足、足、美しい足。
私は足の玉座となろう。
美脚がバスタブよりのぞく、
足が最高に魅力的な姿の玉座となろう。
無数、そう、無数の美脚。
美脚がないなんて、それは嘘だ。
あるじゃないか、
私の中からにょきにょきとある、足が、無数に。
私は、バスタブだもの。
バスタブは打ち捨てられ、
足への妄執とその記憶の改ざんで意識をつなぐ。
美しい足はどこにある。
それは私の中にある。
この足は踊り子だっけね。
この足は歌い手の足。
この足は体操をしていたのよ。
私は足の玉座。
足がなければ。
私が迎えに行かねば…
記憶と現実の境目のなくなったバスタブは、
美しい足を求めている。
どのバスタブがそうかわからない。
高貴そうなバスタブが、
すでに邪気に侵されきったバスタブかもしれない。
あなたの足は、風呂から上がってもまだありますか?
そして、バスタブにはほかに足がありませんか?
それは鬼律。
バスタブの鬼律。