邪気夜行 7の物語


それは自転車だ。

風を切って自転車は走った。
過去形だ。
乗っていた少年も、もういない。

自転車は風と共に走った。
少年はよく歌を歌った。
自転車は歌を知っている。
自転車は歌えない。
耳障りなぎこぎこが、
自転車の合いの手だった。

少年はどこに行ったのだろう。
自転車は放置されている。
少年は、歌は、どこに行っただろう。

自転車は放置自転車となった。
少年から、誰かが盗んでそのままになった。
盗んだ誰かは軽い気持ちだった。
だから知らない。
自転車をなくした少年のつらさを、
歌をなくした自転車の狂気を。

自転車は自分で歌を奏でることはできない。
だから、外に歌を求めていった。
少年が歌っていたような歌の記憶は、
歪んでおかしくなった。
自転車は、ギイギイと合いの手を入れるしかできない。
だから、もっと聞こえるようにと、耳らしき器官がついて、
動物と自転車のはざまのような、
有機自転車となった。

音楽がほしい。
そして、風を切って走りたい。
あの日のようにあの日のように。
まずは音楽をくれ。
あの日のようなあの日のような。

自転車は放置されてぼろぼろだ。
そこに生き物のようなパーツまで生えてきたのかつけたのか、
わからないけれど、
ただの自転車ではあるまいと思わせるには十分だった。

少年のことがちらとよぎる。
そのあとずくずくと何かが自転車を侵食する。
それが邪気だというのは、純粋すぎる自転車にはわからない。
悪い気持ちを持とう、
みんなでこの気持ちを共有しよう。
純粋に自転車はそう思う。
歌を歌って、
みんな轢き殺すんだ。

うたを。
うたおう。

ぼくらはみんないきている。

それは鬼律。
自転車の鬼律。


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