邪気夜行 8の物語
それは木箱だ。
木箱は運搬に使われる、いたって普通の木箱だった。
中身が満ちること。
それが木箱の仕事だった。
中身が満ちて、
外に運び出され、また満ちる。
列車に揺られることもあった。
船に乗ることもあった。
木箱は旅をした。
どこだかは知らないけれど、
たくさん旅をした。
木箱の、その、物についた記憶は、
木箱自身の思い出になった。
木箱は少しずつ傷んできたけれど、
木箱は基本使い捨て。
人は何も気が付かなかった。
思い出を持ち始めた木箱が。
物としての寿命を感じ始めているのは、
物に意思が宿るそれであり、
意識しない、物としての死を、
感覚いっぱい感じることになる。
木箱はやがて、捨てられた。
ゴミ捨て場で木箱は思い出に浸る。
人間でいうところの、走馬燈を感じる。
今まで満たしてきた荷物。
今まで運んできた場所。
木箱に染みついた空気の匂い。
それが腐って崩壊していくのを感じる。
木箱の自我は、思い出にしがみついた。
きれいなこれを壊してなるものかと。
しがみつけばつくほど、
思い出は変質して腐っていく。
木箱はそれが悲しかった。
もっといろんなものを運びたかった。
荷物を満たしてあちこちへ。
人の力を、借りなければ腐っていくしかない、
それが木箱は悲しかった。
木箱は、不意に、ぐずった感覚を持った。
それは木箱が腐ってぐずぐずとしはじめているのだけれど、
木箱はぐずっと崩れたそこに、人じみた足を認めた。
木でできているが、足だ。
木箱は気が付いていない。
ぐずぐずした感覚を持ち始めたころには、
木箱には顔らしきものも生じていたことに。
歩こう。
木箱は思った。
そして、みんなぐずぐずにしてしまおう。
腐っちゃえ。
木箱の中で、思い出が腐る。
それは鬼律。
木箱の鬼律。