いど


井戸は、地域の人間が生きていくために使われる。
古くは公共の場であり、会議の場であり、
何より地下にたたえられている井戸の水は命の水だ。
人は深い地下からの命を、守り分け合いながら生きてきた。
それはもう古い話なのかもしれないけれど。

それなりに住宅街の、
普通の公園。
その端っこに、古い井戸が重いブロックでふたをされている。
井筒の上に、ふたがされていると思って欲しい。
子供では到底動かせない。
大人でも3人はかからないと無理だ。
場所もそう邪魔にならないから、
古井戸はそのまま放置されている。
公園では子供がはしゃぎ、
その母親達が井戸端会議をしている。
井戸端という表現もおかしいかもしれないし、
または、ある意味あっているのかもしれない。

母親達の井戸端会議に、
通りかかる派手な女。
この界隈では有名な、まぁ、男に貢がせている女と思って欲しい。
金がそれこそ水のようにあるという。
自信にあふれ、若さにあふれ、
普通ということを馬鹿にしていると思って欲しい。

女は母親達に声をかけ、
母親達はにこやかに受け答えする。
「そうそう、この公園の井戸のことご存知?」
母親の一人が話を出す。
「昔のこの界隈の命を守った水が、お肌にいいというのよ」
母親達の言葉に、女は大いに興味を示した。
見れば母親達の肌つやがいいような気がする。
そういう秘密があったのか。

女は思う。
こんな奴らより、私のほうが美しくなる権利があると。
その夜、女が何人かの男を連れて、
公園の井戸に向かったのは至極当然のことだ。
男がブロックをどかし、井戸が口を開く。
「この中の水が…」
女が井戸を覗き込む。
女は、見つけてしまった。井戸の中に、女だけの何かを。
「あたしだけのものよ!」
女は叫んで井戸の中に身を投じた。

後日、男達は怖気づいて警察に連絡をしたが、
女の遺体は引き上げられることはなかった。
消えたか井戸が深いのか、それすらわからずじまいだ。

住宅街の母親達の噂はいつものように。
やっぱり定期的に命を補充しないとダメね、と。


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