おに


鬼を閉じ込めたから、みんなもう安心だよ。
鬼は出てこない。
みんなを追いかけることはもうないよ。
そんなに不安なら火を放とう。
鬼は焼けて、死んでしまうから。

これは、私の最初の記憶だ。
たまに夢になってあらわれる。
鬼は炎の中で獣のように吼えている。
私はどんな感情を持っただろうか。
それは思い出すことが出来ない。

この地域には鬼ごっこがない。
誰も鬼にならない。
みんな善良な民であり、
嘘でも、物語であっても、ごっこであっても、
鬼は存在しない。
語られてもいけない。
鬼は閉じ込められたから、
そして焼け死んだから。

私は時々思うことがある。
鬼はどうやって閉じ込められたのだろう。
力の強い鬼だから、力ずくではあるまい。
では、美酒美食か。
あるいは…誰か女を一緒に閉じ込めたか。
その女も焼けて死んだのか。
鬼と一緒に死んだのか。

私はとある休日に、
鬼焼きの洞と呼ばれる洞窟にやってきた。
子供の頃からいわれてきた、鬼を閉じ込めた場所。
民が一致団結して鬼を焼いたと、
この地域では伝えられている。
私が思い描く女など、一言も説話にはない。
洞はいつものように静かにそこにある。
私はいつものように覗き込む。

「ぬしを逃しはせぬぞ。ともにここで屍になるのだ」
女の声がする。
そこは炎の中、女は鬼を逃がすまいと抱きしめていた。
「女、お前こそ鬼のようだな」
「何を」
「こんな鬼とともに逝けるのならば、悪くはない」
「戯言を」
「女、お前には鬼がついている。誰よりも強い、鬼がいる」

風が吹いた。
気がつけば炎も鬼も女もいなくて、
私は一人だった。
今のは私の妄想だろうか。
いや、妄想であったとしても、それが私の真実で、
誰にも語られない女が、鬼を抱きしめている。
英雄のいない鬼物語。
鬼も女も誰もうらんでいない。
幻は私の救いとなる。

その夜。私は夢を見る。
あの鬼が幼子を追いかけている。
女が微笑んで見ている。
ああ、鬼ごっこには鬼がいないとしまらない。

鬼さんこちら、手のなるほうへ。


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