こんらん


彼はパソコンの前にいる。
彼はあらゆるところにデマを流す。
混乱が、大混乱が起きないものか。
デマだと知っているのは自分だけ。
混乱する連中を、高みの見物してやる。
そのためにデマを流す。
何度看破されても、名前を変えてまたデマを流す。
一日のほとんどの時間を、
デマ流しに彼は費やしている。
彼は世界に対して大きなことをしている気分だし、
無駄だとはこれっぽちも思っていない。
それでも世界はなかなか動かない。

何かもっと信憑性のあるデマはないか。
みんなが信じて混乱になるほどの。
彼は考えた挙句、
遺伝子操作で殺人ウイルスをその身に持つ、
小さな獣ニームイというデマを作り上げた。

ニームイは愛らしい外見をしている。
猫のような小型犬のようなリスのような、
ニームイに触れると、殺人ウイルスで身体が瞬く間に腐って死ぬ。
ニームイは暗殺のための動物。施設で飼われている。
彼はここまでデマを作って、
あとは明日にすることにした。

次の日。
ニームイは施設から逃げ出したことになっていた。
誰かが続きを書いたのだろう。
これは面白いと彼は思った。
彼はニームイについてのデマをさらに書き足し、
満ち足りた気分になった。

さらに次の日。
ネットのニュースにニームイのことが取り上げられていた。
ニームイと思われる小動物は、片っ端から殺された。
小動物のいた場所は、念入りに殺菌消毒された。
小動物に触れたとされる人は、隔離された。

混乱が起きている。
デマと知っているのは彼だけの。
彼は愉快な気分になった。
さてさてこれからどうなるだろう。
彼一人が安全圏の、混乱を彼は楽しんでいる。

「困るんだよね」
部屋の隅から声。
「僕のことを公にして欲しくなかったんだけどな」
隅から出てきたのは小さな獣。
触れたくなるほどかわいい獣。
「僕はニームイだよ」
彼はうろたえる。
そんなとか、まさかとか。
「僕に触れると腐って死ぬんだけど安心して」
ニームイが微笑むように。
「君の脳はもう腐っていて使い物にならないから」
彼の思考は思考にならない。
「寿命まであと5分かな。苦しまないで死ねるといいね」

彼は混乱する。彼は恐れる、彼はパニックになる、
死のそのときまで、彼は混乱の渦の中心にいた。


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