かず


「数には力があるけれど」
そのおばあさんは言っていた。
「数はちゃんと物と一緒でないと空虚なのよ」
おばあさんはそういって、また、小さなスコップで穴を掘った。

僕がそのおばあさんと出会ったのは、
小学生の僕が算数の居残りを終えた帰りだった。
算数が嫌いになりそうになっていて、
もうすでに嫌いになっていたのかもしれないけれど、
とにかく、数と言うものが嫌いになりかかっていた。
おばあさんは、公園で穴を掘っていた。
僕は興味を持っておばあさんに近づいていった。
なんだか、話したら楽しそうな気がした。

「こんにちは。何をしているんですか?」
おばあさんは振り返り、
「埋めて世界に帰しているのよ」
と、答える。
「なにを?」
当然僕は問う。
「数を返しているの」

おばあさんは語る。
数は力があるけれど怖いものじゃない。
数と一緒になった、物が怖いのだという。
「たとえば、3と言う数字だけじゃ意味がない」
「そうなの?」
「3匹の化け物、だと、怖い。そういうことよ」
「ああ…」
僕はなんとなくわかる。
「算数は怖くない。数字を整頓しているだけよ」
「でも、居残りした。算数嫌い」
「算数じゃなくて、居残りさせる先生が嫌いなのよ」
「うーん」
うなる僕に、おばあさんは笑う。
「とにかく、ちゃんと数を使えば、世界は回るの」
「地球が回るってこと?」
「物と数の幸せな友情で、世界は如何にも変わるのよ」
幸せな友情、それはとてもいい言葉のような気がした。

「たくさんの数が、行き場を失って困っているのよ」
おばあさんはそういう。
「世界から引っ張り出されて、返されないままの数」
「それは、どうなっちゃうの?」
「物に取り付いて、決まりのないおばけになるの」
「なにそれ?」
「つくもがみ、と言うおばけの、ひどいものになるのよ」
だから数を世界に返さなくちゃいけないの。
おばあさんは言う。
数を見つけて、使って、返す。
そうしないと、つくもがみのひどいのが世にあふれると言う。

僕はあとになって、つくもがみのことを知る。
九十九年使われた、物のおばけだという。
99と言う数字の決まり。
その決まりを破る、数のおばけが出るかもしれない。
数は決まりにのっとって。
数を見つけ、使い、世界に返す。
物と数との幸せな友情が、世界を回す。
僕はいまだにそれを信じている。


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