怪談:こえ
声は聞きたくない。
あまりうまく話せないけれど。
こういうことがあったとして聞いてほしい。
語り手はそう前置きする。
夏の頃だったように思う。
不意に、思い立って、
ずいぶん離れた、友人に会いにいった。
虫の知らせかもしれない。
なんだか、この夏のその日でないといけない気がした。
この日を逃しては、いけない気がした。
友人には連絡をつけてあり、
ネットワーク社会万歳と思ったものだった。
久々に会った友人は、
少しばかり疲れているようにも見えたけれど、
笑顔が曇ったりすることはなかった。
ちょっとの疲れならば、よくあることだ。
私だって、ある。
友人とは、しばらく時間をすごし、
それは楽しい時間だった。
話す話題に尽きることはなく、
そして、楽しい時間はいろいろと忘れるものだ。
おもに、時間の経過とか。
私はあわてて交通手段もろもろを思い出し、
あわてて帰ることになる。
友人に別れを告げ、
帰りの交通手段が終わっていないかを祈って走る、
そこに、
声が、した。
「今生の別れになるぞ」
思考に割り込むような声だった。
私は立ち止まり、友人のいたほうを振り返った。
友人は、気がつき、
手を振って返す。
私も手を振った。
私は首をかしげはしたものの、
声の意味なんて考えなかった。
友人が亡くなったのは、
それから少ししてだった。
話としてはそれだけなんだ、と、語り手は言う。
それ以上でもそれ以下でもない。
ただ、この一件以来、
思考に割り込まれる声が怖くなったのは確かで、
それと同時に、
自分の直感を信じるようにもなった。
よくわからない予感に立ち向かえるのは、
自分の鍛え研ぎ澄ませてきた感覚の、
いちばん反射的な直感だけだ。
そんなことを語り手は付け加える。
声は聞きたくないよ。
別れを告げる声はなおさら。
誰かに会うたび思う。
声が聞こえませんように、と。
また会えますようにと、いつも祈ってるよ。
語り手はそうして、話を終えた。