怪談:めいろ


迷って。

この迷路のような街に迷い込んだのは、
いったい何時のことだろうか。
時間感覚は薄く、
ただ、歩いて迷っているばかり。
誰かを探さなくちゃと最初は思っていたけれど、
本当にそれを思っていたのか、あやしい。

太陽がずっと同じところにいる気がする。
迷路のような街は、
角を曲がるたびに似たような違った街並みが姿を見せる。
どこに行きたいんだろう。
どうしてここにいるのだろう。

誰かの声が聞こえていたはずなのに、
それすら聞こえなくなった。
町の雑多な音が排除された、
迷路のような街。
日差しはいつだって同じところ。

振り返ることができない。
わかっている。
振り返ったらそこには何もないということくらい。
歩いたそばから過去が崩れ落ちていっている。
理屈じゃない。
感じてしまっているんだ。
迷路の果てにしか、明日がなくて、
明日を探すには、もう、私はくたびれてきてしまっている。

不意に、動く人影が。
私はそれを追った。
あれ、前にもそんなことが。

あれは、大事な女の子で、突然走り出したから、
走り出したから、車が、キキーッて、

血だまりの中に私は立っていた。
彼女をまた救えなかった。

やりなおさなくちゃ。

私は血だまりから歩き出す。
迷路のような街をまた歩く。
今度こそあの女の子を助けなくちゃ。
前へ前へ、曲がってさらに前へ。
私の後ろには何もなくて、
前に進み続けるしかなくて。

血まみれの私の時間はあの日止まったまま。
迷路のような街を歩く。
あの子を救わなくちゃという使命感は、
迷路の中、かすんでいく。
そして、ただただ歩き続ける私が残る。
曲がって、前へ、前へ。
くたびれても、前へ。

不意に、動く人影が。


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