怪談:でんわ


電話は、声だけを伝えるか。

携帯電話、スマートフォン。
いろいろな電話が出回ったものだと、あたしは思う。
いつでも電話を持って、
いつでも出られるようにして、
多少年を食ったあたしが思うに、
めんどくさいなーと思うわけで。

着信があった。
あたしのガラケーだ。
「もしもし?」
「おひさしぶりー、元気してた?」
「…だれだっけ?」
電話の向こうで名前が名乗られた。
そんな人もいたっけか。
「ねーきいてよー。この前さー」
電話の向こうはかまわず話し出す。
軽い悩み、むかついたこと、同意してほしいこといろいろもろもろ。
あたしはどこの誰と会話をしているんだろうかと、
ぼんやり希薄なものと会話をしている気分になる。

私は現在駅前広場のベンチに座って、
繰り出される愚痴の数々に相槌うっている。
時間のころは仕事帰りだから夜。
いろいろな人が駅前広場を通ってどこかへと行く。
たむろっている若者もいるね。
みんなみんな電話持ってて、
歩きながら話す人もいる。
話さなくても、電話の表示を凝視している人もいる。

「だからさー、思ったの」
「何を思ったの?」
「死にたいんなら今すぐ死ねって!」
何とも、それも愚痴なのか。
一瞬、寒気が走った。
こいつは人に死ねって言えるのか。
責任も持たずに、ただ、死ねと。
注意しようとして、やめた。
ただ、やめたのは別の理由もあったからで。

近くにいた男性が、突然、刃物で自分の首を切った。
あたしはガラケーの通話を切って、
大騒ぎの駅前広場から去った。

責任を持たない言葉が、
電話で空間つないで、さまざまの人にこだましてしまう。
あたしはそんなことを思った。

あの電話の主とは、縁を切ることにした。
しかし、電話帳のどれがそうだっけと思いだせなくて、
いまだに、その電話主は登録したままだ。
もう、あの電話主と同じ時間を過ごしたくない。
今度殺されるのは私かもしれないとか、そこまで思うから。


次へ

前へ

インデックスへ戻る