怪談:てちょう


あなたの手帳を見るのはよくないけど。

私の旦那様は小説家。
いろいろな小説を書いています。
私は妻として、旦那様の手助けになるように、
日々家事をがんばっています。

洗濯物を干すのが大好き。
料理を作るのも大好き。
近所のおば様と話すのも好きです。
旦那様はいつも、書き物に没頭していることが多いので、
とにかく私が家のことはやらないと。
旦那様の物語が進んでいるらしいこと。
それが私の楽しみです。

ある日。
旦那様が手帳を忘れていかれました。
私に、イタズラ心が芽生えて、
ちょっと覗いてやろうなんて思いました。
旦那様は真面目なお方。
浮気の証拠なんてあったらどうしましょう!
私はドキドキしながら、手帳を開いたのでした。

いろいろな小説のネタに加えて、
私のこともたまに書いてありました。
理想の妻、なんて書いてあって、
私は目頭が熱くなるのを感じました。
旦那様は、あまりしゃべらないかたですけど、
旦那様の手帳はいろいろなことを私に教えてくれました。

次の長編の構想が書いてあるかと思ったら、
編集者さんとの打ち合わせのことが書いてあって、
旦那様の手帳は形にはまることがないようでした。
自由なんだ、旦那様は。
旦那様の自由は言葉だけじゃなくて、
小説の世界を言葉で表現できる自由を持ってらっしゃいます。
素敵な自由です。

私は、手帳を読みふけります。
そして、あるページ、今日の日付で書いてあるページで、
「妻は私に尽くしてくれる。ありがたいことだ」
「しかし、この妻はできすぎている」
「キャラクターとしては没だ。少し欠陥がないといけない」
「妻の設定は白紙に戻そう」

私はその瞬間、没になりました。
悲しいけれど、そういう設定だから、致し方ありません。

旦那様。
旦那様の小説に、また、私を登場させてくださいませ。
妻としての登場人物であるのは、楽しい日々でした。
ありがとうございました。

そうして私の意識も、白紙になった。


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