怪談:夢を記録する灯油
はて。
私は灯油を探していたはず。
ガソリンスタンドやホームセンターで売っている、
ストーブなんかで使うやつ。
それが何だか間違って、
おかしな店の前に私はいる。
油のにおいはするんだけど、
何だか、違うなぁと思う。
「あれ、お客?」
店から少年が顔を出す。
「ここでは、とうゆを売っているの?」
私は尋ねる。
「とうゆ? ああ、これはともしびあぶらだよ」
「ともしびあぶら」
どうやら、灯油(とうゆ)ではなく、
灯油(ともしびあぶら)らしい。
少年は私をしげしげとみて、
「おいでよ。面白いんだから」
少年は無邪気に笑い、私を店に引き込む。
店にはガラスの瓶が並んでいる。
ふたはされているようだけど、
心地よい油のにおいがする。
「この灯油には、夢が記録されているんだ」
「夢?」
「うん。それも、忘れた夢」
忘れた夢が灯油に記録されている。
どういうことだろう。
「あなたも夢を忘れたから、ここに来たんだよ」
「そう、だろうか」
「行燈に灯してあげるよ」
少年は無造作に灯油の瓶を手に取り、
店にある行燈に準備をする。
このにおいを私は知っている。
どこだっただろう。
「夢を思い出して」
少年は言って、火をともす。
行燈にゆらゆらとともる明かり。
夢。
私は何になりたかったのだろう。
私が生まれた時、
生んだその人は私の何を願っていただろう。
成長していく私は、
未来に何を夢見ていただろう。
私は、何をしたかったのだろう。
私はなぜ、
燃やそうとしたのだろう。
行燈が涙でゆがむ。
すべての夢を思い出すと、
自分がいかにちっぽけな望みだけで動いていたかが分かった。
帰らなくちゃ。
まだ燃やしちゃいけない。
灯油をかけて燃やしてはいけない。
思い出した夢は、
こんなことを夢見ていたわけじゃない。
まだ、燃やしちゃいけない。
「またおいで」
少年の声がする。
遠く近く。
油のにおいがかすかに。