怪談:生き様バンク
私は今、病院のベッドに寝ている。
重い病気にかかり、
闘病をした果て、
静かに残りの命が消えようとしているところだ。
私は老人。
生きるだけ生きた。
本当に生きたのだろうか。
先程から、部屋の外で足音がたくさんする。
何も私に言われたわけではないが、
いろいろな手続きが必要な事態になるのだろう。
私はそれを人ごとのように感じている。
「こんばんは」
不意に、声。
私は閉じていた眼をうっすら開ける。
そこには、スーツの男。
思い出そうとして時間がかかった。
「生き様バンクをご利用いただきまして、ありがとうございました」
そう、この男から、
私は生き様を借りたのだ。
何も彩のなかった私の人生。
私の命を担保に入れて、
華々しい生き様を借りた。
私は華やかな人生を生きた。
そして、妻や子供、孫に囲まれて、
今、死に向かおうとしている。
「いかがでしたか、この生き様は」
スーツの男は尋ねる。
私は話す筋力もなくしているけれど、
少し笑みを浮かべて返す。
悪くない人生だった。
私の過去も、生き様バンクで借りたもの。
全部私の人生は借り物になったけれど、
借りるだけの価値があった。
ローンを返すように、
私は命を削った。
そして、生き様を華やかにしていった。
私はそうやって生きた。
「それでは、最後の命をいただきます」
スーツの男が私の額に手を置く。
こうして私からは何もなくなる。
借り物の生き様もなくなる。
私は本当に生きたのだろうか。
命を削った先に、
不意に、大穴があいている気がした。
そこに落ちて、すべてがつぶされて、
痕跡もなくなるような気がした。
私は初めて怖くなった。
私がなくなるのが、生きた痕跡がすべてなくなるのが。
叫び声も上げられない。
私の借り物の人生は所詮借り物で、
私は生きていなかったと初めて感じた。
生きていなくても、死ぬのだ。