怪談:精神大使館
世界が一つになったら。
僕はそんなことを考えた。
争いもなく、
言葉の違いもなく、
宗教による衝突もなく、
国境の取り合いもなく、
それは素晴らしいだろうなと、考え始めは思った。
しばらく考えているうち、
文化の違いもなく、
怒りも悲しみもなく、
微笑みが浮かぶ穏やかな世界。
僕は何だか嫌だなぁと思った。
なぜだかは、わからない。
僕は、たぶん、今、夢を見ている。
でなければ、こんなところにいない。
僕は、大使館の前にいる。
精神大使館、らしい。
わかるのは、夢を見ているからだと思う。
夢がそうであるように、するりと門を抜け、
大使館の中へ。
何だかいろいろ人がいるみたい。
大使館だからお仕事しているんだろうな。
僕は精神大使館の偉い人を見つけた。
偉い人も僕を見つけた。
「ようこそ」
「ここは何をするところなんですか?」
「心、魂、精神、霊、神。そういった方々のための大使館ですよ」
「そうなんですね」
「あなたは身体を持った人間としてのビザが切れかかっています」
「ビザ?」
「このままでは身体がなくなり、精神体になります」
「えーっ!」
僕はびっくりだ。それってつまり、死んじゃうことじゃないか。
「まだ精神体には帰りたくありませんか?」
「死にたくないもん」
「精神だけになれば、争いもなく、怒りも悲しみもないのですよ」
僕がうっすら考えていたことだ。
でも、僕は嫌だと思った。
世界に争いは少ないほうがいいとは思うけれど、
みんなが全く一つになるのはごめんだ。
精神大使館の偉い人は残念そうな顔をした。
「ごめんなさい、でも…」
「わかりました。それでは物質世界を生き抜いてください」
すうっと視界がぼやける。
気が付いた時、
僕はいつものように部屋にいた。
すべてが均一になった精神の世界。
僕はそれを拒んだ。
ビザが更新されたのか、
僕はここにいる。
世界は一つになどならない。
僕は大きすぎる世界の片隅、
僕なりに戦う。
物質世界は戦場だ。