怪談:あの世たすき


あの日から俺の時は止まっている。
このタスキをつなげなかった日から。

あれは大学のころ。
いわゆる駅伝に俺は選手として出た。
この大学駅伝には、おかしな言い伝えがあって、
5区の記録を塗り替えると、
大学卒業後3年以内に死ぬ。
そんな言い伝えというか、呪いがある。
俺は、その5区を走ることになった。
言い伝えは俺の耳にも届いたし、
俺も正直怖かった。
それでも走ったけれど、
いいのか悪いのか、俺は転倒して足をくじき、
走れなくなった。

タスキはつながらなかった。

当然、俺は大学を卒業しても死ななくて、
今は、走ることもやめて、
普通の会社員、普通の父親をやっている。
残業に追われ、
小さな娘とは遊んでやることもできない。

競技で足をくじいただけ。
他の人からは、そう思えるかもしれないけれど、
タスキがつながらなかったことは、
大学に大荷物を残してきた気分になる。
タスキをつないでいたら死んだもしれない。
記録を塗り替えて、流星のようにきらめいて死ぬ。
そのほうがよかったのかもしれないと、思うこともある。

ある日。
あまり遊べない娘と公園に出掛けた。
その日は晴れの休日。
娘は大きなボールを、追って、
道路へ飛び出して、
その瞬間、俺に残っていた筋肉が爆発するように。
解放されたバネのように娘を追った。
そして、俺は見た。
おぼろげな先輩たちが、娘に追いつき、
俺に向かって投げ飛ばしてくれた。
俺は娘を抱きとめた。

「生きるっていいだろ」
おぼろげな先輩。
「命のタスキをつないだら、こっちにも来いよ」
俺の目に、涙。
「お前はいろんなものをつないでる」
「また走ってみろよ」
「俺たちはのんびり待ってるぜ」

おぼろげな先輩たちは、笑って消えた。

5区を走って流星のように死んだ先輩たち。
俺はまた、走ってもいいのだろうか。
先輩たちはタスキの呪いで死んだのかもしれないけれど、
それを越えて、先輩たちは満ちていた。

俺は先輩たちがうらやましくなり、
また、自分自身が誇らしくもなった。

走ろう。
また、タスキをつなぐために。


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