怪談:絶体絶命旅人


俺は旅をしている。
最低限だけの荷物を持って、
西へ東へ。
心地いい場所もあったし、
ひどい場所もいくつも見てきた。
人がいないだろうというところにも、
どこか、生活の気配があって、
人は結局、
どこでも生きることができると思ったものだ。

生きるのに必要なのは、
いろいろあるんだろうけど、
お金に代表される裕福さだけでは、
生きていけないとは思った。
悟ったわけじゃないけど、
旅をしているうちに思った。

山の中。湖が山の上の方にあると聞いて、
行ってみたことがあった。
明け方暗いうちから山を登り、
朝日と湖をこの目に収めたいと思った。
さぞかしきれいなんだろうな。
しかし、暗いうちから登り始めたのが間違っていたらしく、
俺は道を間違えたらしい。
でも、獣道よりは使われた形跡があって、
人が歩いた道らしい。

上へと登っているらしいのに、
湖のみの字も出てこない。
朝日は遠くて、このままこの暗い山で遭難するのかなと思った。
そこに、小さな明かり。
近づいていくと、焚火のようだ。
近くに老人が座っている。

「こんばんは」
俺はあいさつ。
「どうなさった」
老人は驚きもしない。
「湖目指していたら迷っちゃって」
「そうか」
「朝日と湖の美しいところ見たかったんですけど」
「やめておけ」
老人はひとこと。
「なんでですか」
俺はきき返す。
老人は軽くため息。

「湖にはわしの娘がおってな」
「美人ですか?」
老人は答えない。
「娘は訪れた旅人を食っておる」
俺は絶句。
なんだその昔ばなしみたいなのは。
「この山は人食い山だ」
「人食い」
「朝になれば山が人を食う」
俺はどうしていいかわからない。
「数百年、娘は湖で人食いをしている」
え、じゃあ、この老人は。
「娘に食われたくなければ山を下りろ。朝になる前に」

俺は逃げるように山を下りた。
朝まであの山にいたら。
俺は食べられていたのだろうか。

人がいないようなところに何かがいるのは、
やっぱり何かしら理由があるものかもしれないと、
今になって思う。
でも、旅はやめられないんだよなぁ。


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