怪談:人食い低気圧


低気圧が近づくと、
テンションが下がる。
ここに生きている以上、
天気と無関係でいることもできないし、
天気が悪くても仕事行かないと。
今日は新人が来る予定だ。

朝に新人を紹介されて、
新人からあいさつ。
はきはきしているんだけど、
何だか、私は近づきたくないと思った。
一緒にいることが気持ちよくない。

外は雨。
低気圧の天気。
いつも以上に憂鬱。
昼過ぎには雨が強くなって、
帰るころには大雨。
いつも以上にげんなりする。

会社を出ようとして大雨にげんなりしている私を、
新人が見つけたらしい。
朝と変わらぬ、さわやかな調子で、
「どうしたんですか、先輩」
と、話しかけてくる。
「雨に困ってたところ」
私はそれだけ答える。
「低気圧は苦手ですか?」
「苦手。気圧が下がるとだるい」
「それは困った」
新人は少し考えて、
「全部は無理ですけど」
と、言うと、
「ちょっと気圧上げますね」
などと言う。

新人が空を見上げている。
私もつられて空を見る。
雨は間もなく上がり、
星まで見える。

「先輩急いで帰ってください。今ならたぶん間に合います」
新人は爽やかに笑う。
空の星は美しく、
私は言われるままに帰った。
家に着いた途端、雨。
一体新人は何をしたのだろう。

翌朝。
新人は席でだるそうにしていた。
「おはよう、どうしたの?」
「人食い低気圧を手名付けたもんだから、だるくて」
「人食い?」
「気力を食べる低気圧です。昨日のは性質悪いんです」
私はわからないふりをする。
「仕事よ。だるくなるなら、低気圧をどうこうなんてしなくていいから」
「でも」
「いい?あなたはこの会社の新人。こっちの仕事を覚えて」
「はい」

新人は昨日よりは近づきやすい。
新人がだるそうにしているからか、
あるいは、
星を見せてくれたからか。
人食い低気圧。
わけのわからないものを手名付けた新人。
とんでもない新人が来たものだ。


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