怪談:親指生活者


親指は一番大事。
親指がなくなったら、スマホが使えない。

私は親指で生活している。
何もかも親指で。
勉強もバイトも暇つぶしも親指。
それもスマホがあるから。
ネットワークがなかったころの生活なんて、
想像もできない。
こんなに生活に密着したシステムがないなんて、
昔というものは、相当不便だったんだな。

ある日。
手相を見てもらう機会があった。
親指を使いすぎていると言われた。
このままでは親指が酷使されすぎて腐る。
そんなことを言われた。

指が酷使されるなんて聞いたことないし、
スマホを使うことくらいで親指が腐るなんて聞いたことがない。
私はその占いを無視した。
親指がなくなるなんて、ありえない。

それからしばらくして、
親指に異変。
動きにくくなったなぁと思った。
それから、変色が始まり、
痛みが走るようになり、
耐えきれずに病院に駆け込んだ。
親指を切除しないと、
この症状が体に広がると言われた。

私は。

親指と心中することに決めた。
スマホのない生活なんて考えられないし、
この親指を捨てることなんてできない。
不便な生活なんてまっぴらごめんだ。
私は現代に生きている。
昔はこうだったと言われても、
そんな生活をしたくない、現代の人間だ。

私を愚かと笑うなら笑え。
私はこの親指があることが生きていること。
私という存在は、
親指でできている。
肉体は、親指の補佐としてある。

病院でも同じ主張をした。
医者は困った顔をしていた。
しばらく顔を見なかった家族も、
どうしていいか、わからない顔をしていた。

命を粗末にするなと言われた。
かなりきつい調子であったけれど、
私は無視をした。

その次の朝。
私は親指になった。
腐りかけている親指に。
私のすべてが詰まった親指に。

何もかもが、私の親指にある。
これが私のすべて。


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