怪談:初心者マークの独白
彼女の中古軽自動車に、僕をペタリ。
僕は初心者マーク。
まだ運転に慣れていないからごめんね。
彼女は免許とりたて。
教習所のことはわからないけど、
苦労したんじゃないかな。
彼女は僕を貼り付けて、
いろんな場所を走る。
スーパーに行くのも、
ホームセンターに行っても、
ある程度の荷物も載せられる。
彼女は嬉しそうだ。
どこにでも行けるのは、
彼女だけでなく、僕もうれしい。
やがて。
彼女の軽自動車に、
男友達が乗るようになった。
僕の勘だけど、
何だか嫌なやつ。
自分の車は使わなくて、
彼女にあちこち走らせていた。
彼女が一人で軽自動車に乗っていると、
何だか彼女が泣きそうに見えた。
彼女の車は彼女の密室。
僕は初心者マークだから何もできないけど、
彼女に泣いてほしくはないなぁと思った。
そしてある夜。
彼女と件の男が、
軽自動車を降りたところで口論になった。
僕の知らないところで、彼女はいろいろあったようだ。
彼女は怒っている。
男は、彼女を殴った。
軽自動車のボンネットに、彼女の身体がたたきつけられる。
殴り、殴り、血が飛び、
彼女は動かなくなった。
男は、彼女が動かなくったことに気が付き、
血の付いた僕の初心者マークを一度めくり、
その場から逃げ出した。
朝になって、
彼女と軽自動車は見つかった。
警察の人も来た。
彼女はきっと殺されたんだ。
僕は人間に聞こえないかもしれないけど、
精一杯怒鳴った。
僕をめくって!
あいつの指紋が、血の付いた指紋が!
警察の人が、僕の方を向く。
そして、僕をめくって。
僕は証拠品になった。
彼女がいなくなって、
軽自動車で走れないことが残念だけど、
僕は思い出の中に彼女と走っている。
いつまでも思い出で、……と、思ったその時。
証拠品になっている僕はとりだされて、
警察の誰かから渡された。
それは、頭に包帯、顔も絆創膏だらけの彼女。
初心者マークに涙はないけれど、
僕はうれしかった。
また走ろう。
彼女と僕と。
どこまでも。