怪談:仮想コンシェルジュ


こんにちは。私は仮想空間のコンシェルジュ。
格好つけていますが、
よろず承り人です。
誰かの困ったことを、誰かの望んだことを、
かなえるのが、お仕事といったところです。

この仮想空間は、
まだ、ゲームの域を出ていなくて、
世界が共有している仮想空間というには、
まだまだ足りないものです。
私はその仮想空間で、コンシェルジュを演じています。
そう、演じています。
現実世界がそうであるように。

仮想空間はみんなが演じるところ。
主婦でも勇者になれるし、
医者が盗賊になれる。
この仮想空間も、そんなところ。
ただ、自分がそういうものだと宣言すればいいだけ。
コンシェルジュとしては、
例えば、この職業やりたいんだけど、どんな服装がいいかな、とか。
例えば、部屋を持ちたいんだけど、どうすればいいかな、とか。
そういったことにアドバイスをするお仕事です。
そのお仕事をしていれば、
私でなくてもコンシェルジュです。

仮想空間は季節感があいまいですけれど、
お客様が浴衣のきれいなものは、
どこに売っているかを尋ねられていたので、おそらく夏。
最近見かけないお客様がやってきました。
「こんにちは。ご用件は何でしょう?」
お客の挙動は不審。
以前はよく来てくれていたのに、
何があったのでしょう。
「しゃべるのがうまくできない」
お客はそう答えます。
私は仮想空間内のしゃべり方をレクチャーします。
すると。
「おじいちゃんは、ここで何をしていたの?」
話をつなぐと、
このお客のアバターを操作していたのはおじいさまで、
しばらく前にお亡くなりになり、
お孫さんが遺品から、ここに来てみたとのことです。
私はそのおじいさま、
そのアバターの方と仲良くされていた方を集め、
思い出を語る場としたのでした。

数日が過ぎ。
再びそのお客がログインします。
「こんにちは」
挨拶をすると、
お客は慣れた調子で、
「ありがとよ。これで思い残すことはなくなった」
と、しゃべって、ログアウトしました。

私は仮想空間のコンシェルジュ。
今日も仮想空間のどこかにいます。


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