怪談:福耳営業


あいつの耳は仏様のような福耳。
顔も見ていると、
仏像のそれに見えてくる。
どこか表情があいまいで、
少しだけ笑っているようにも見える。
そういえば怒ったりするのも見たことないな。

あいつは俺の同僚で、
一緒に営業職をしている。
まぁ、わが社の商品を使ってくださいと、
あちこちにお願いして回ったり。
とにかく外を歩くし、
帰社したらデスクワークが山ほど。
そんな仕事。
あいつは文句ひとつ言わないし、
却って、「ありがとう」と、言っていることが多い気がする。
やっぱり仏なんだろうか。

ある夜。
俺とあいつは一緒に残って残業。
俺は缶コーヒーをあいつの分も買ってきた。
「ありがとう」
あいつはいつものように、お礼を言って、
「人のことを思いやれるのはいいね」
と、言って少し微笑む。
「お前は仏みたいだな」
俺が言うと、あいつはきょとんとして、
その反応が面白くて、俺は言葉をつづけた。
「その耳には何が届いてるんだ?」
俺は仏様みたいな福耳を、
ちょっと、からかったつもりだった。
しかし、
「あ、やっぱり届いてるように見えるかな?」
今度は俺が絶句する。

あいつの言うには、
福耳には、人の欲望や願いや祈り、
あらゆるものが四六時中届くのだそうだ。
子供のころは、それがうるさくて大変だったけれど、
大人になるにつれ、
フィルターのようなものをかけることができるようになり、
人の願いを聞いて、それを営業に生かせないかと、
そうしてこの仕事をしているらしい。

「宗教は向いてないからね。だから、この福耳で営業してるんだ」
あいつは微笑む。
「やっぱり仏じゃないか」
俺が言うと、
「仏じゃないよ。少し聞こえるだけ」
と、静かにあいつは言った。

あいつが営業で、人として生きているのが、
俺はなんだかいいなと思う。
福耳の話が本当だとしてもしなくても、
あいつは話をちゃんと聞くし、
顧客のために労力を惜しまない。

仏じゃないとあいつは言うけど、
仏様が現代に生きていたら、
やっぱりこんなことしていると、俺は思う。


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