暗がりの技師


暗がりで作業する、技師がいると思って欲しい。
窓も締め切って、風もなかなかまわらない。
季節感が全然ない部屋の中、
技師は、映像をひとつ作っている。
モノクロの映像で、厳寒の季節を作っている。
どうすれば寒さが伝わるか。
雪が白ければいいと言うものでもない。
空の灰色をどうやったら出せるか。
人の吐く息の白さは、どうやったら伝わるか。
どこまでも映像の中は冬で、
試作品ではあるのだろうけれど、
目から寒さが入ってきて、身体を凍らせるほどと思わせた。

一度、映像を切って、
技師は冬に思いをはせる。
どのくらい冬がつらいものか。
寒く厳しく、あたたかさに焦がれるものか。
寒さを訴えるだけでなく、
ぬくもりを求めることを、直接でなく映像に表現できれば。
そう、春に焦がれる心を、
寒さの中で、春が来ることが希望であると言うことを、
表現したいものだなと、技師は思う。

技師は、暗がりの中で目を閉じる。
季節感のない暗がりで、
技師は、吹雪を思い描こうとする。
モノクロの景色に、
黒っぽい厚着をした人々。
白い雪が強い風に吹かれて。
人々はどこに向かって歩くのだろう。
希望はどこにある。
ぬくもりはどこにある。
あたたかい季節はどこに行けば出会える。

技師は目を開けた。
暗がりに、雪がひとつ?
技師の想像が、とうとう妄想か幻覚になったかと、
怪訝に思うけれど、
ようやく、技師はカーテンを開けることに思い至る。

外は満開の桜の花吹雪。
花びらが迷い込んでいたらしい。
「そうか、外はすでに春だったのか」

技師の中の冬が、
この、春にたどり着くと言うこと。
技師は唐突にそれを理解した。
理屈でない、季節の流れ。
ここにたどり着くから、映像の中の人々は、
厳寒の中を歩けたんだと。

技師のイメージの中で、
真冬の吹雪が、春の花吹雪にかわっていき、美しい春色をなす。
もう、春なのだ。
技師の内と外に、春がやってくる。
季節が美しくあたたかく変わっていく様を作れれば、
きっと、映像の中の人たちにも、春が来るはず。
「よし」
技師は、また制作に取り掛かる。
映像の中にも、春を持っていこう。


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