読書


私の心は春の中にいる。
私自身がと言い切れない、
もどかしさを抱えて、私の心は春の中にいる。

美しい本に出会った。
それは美味であり、それは美しく、それは心地よい。
五感にこれほどうったえる、
心地のよい文章の本は、初めてだ。
その本は、春を表現していた。
ああ、春。
春とはかように美しく、
切なく歓喜に満ちていたものか。
とても有名な本ではない。
言ったところで誰だそれはとなるのがオチだ。
ただ、私にはその文章群が、
みずみずしい春の息吹を見せ付けている、
春の生命力そのもののような気がした。

私は、春の中にいるような錯覚をする。
永遠に生き続けるわけでない、花たち。
長い時間の中では、ただ一瞬かもしれない、春。
その刹那を生きている、命たちが、
何かを残そうとあがいている。
この春に、生きた証を残したい。
私が生きたしるし。
春の歓喜の涙は、
喜びの涙だけでなく、
影となっている部分の、死から来るものかもしれない。

私は本を閉じる。
天井を見上げる。
そこは図書館。
季節感は薄い。

本から飛び出してきた春の残り香を、私は探そうとする。
そこには空調の整えられた空気と、
本の特有のにおいしかない。
私は、帰ってきてしまったなぁとぼんやり思う。
春の狂気的な生き様を、私は生きることが出来るだろうか。
私は何を残せるだろうか。
私が生きた証はなんだろうか。
踊るように、躍動するように、春を生きるもの、
その少しの呼吸でも真似をすることが出来るだろうか。

私は私と、居直ればそれも正しい。
けれど、本の出会いは、私の価値をちょっとだけ変えた。
生き抜いてやりたい。
走るように、喜ぶように、生きることを感じてみたい。

私は、本を本棚に戻す。
私の外見が劇的に変わったわけじゃない。
けれど、ちょっと、生きることに貪欲になった気がする。
それでいいと、思う。

秋の読書週間。
私は図書館で、鮮烈な春に出会った。


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