あなたと歩いた


私は坂道を歩く。
上へ上へと。
今ここにいない、あなたのことを思う。
「春は黄色から始まるんだよ」
あなたの、そんな言葉を思い出す。

その当時、私の春のイメージは、
若い緑と桜のピンクだったから、
黄色から始まるというのは、意外だった。
「早春、お正月の蝋梅(ロウバイ)とか」
「しらないよ、そんなの」
「うーん、それじゃ福寿草はわかるかな」
「うーん…」
私は、うなってしまう。
そんなのもあったっけか?
「黄色くて小さな花なんだ。そこから春が始まるんだよ」
あなたはそう言って笑った。

季節と言うものは芸術だと思う。
あなたはそう言っていたし、私もそう思う。
切り取ればどこでも芸術だよ。
この坂道も、ここから見える景色も。
どの季節を切り取っても、芸術。
黄色の春に限らず、
どの春を切り取ってみても、きっときれいだよ。
この瞬間を音楽にしてみても、
この季節をフォトグラフにしても、
きっと、心を奪うほどのものが出来るはずなんだ。
季節の力は、それほどまでにすごいんだよ。

あなたは、今ここにはいない。
私は、一人でちょっとした行き詰まりを感じて、
この坂道を登っている。
黄色がきれいだ。
芸術とはなんだろう。
心をとらえるって、どうしたらいいのだろう。
あなたのように、無邪気な芸術を作るには、
私は少しずるすぎるようだ。

振り返れば歩いてきた道が見える。
落ち着いた町が広がっていて、
私はため息をひとつ。
町の中じゃ町の季節しか見えない。
それも、不正解じゃないけれど。
じっとしていては、私の卵は割れないな。
そう、私はきっと、卵なのだ。
季節が自分の外で動くと思っている、
卵の中の存在なんだ。

あなたはどこにいるだろう。
この高い空の下のどこかにいるだろうか。
私は卵を壊しますよ。
私自身が季節を感じられたら、
また、あなたと春を語り合いたいですね。

黄色がきれい。
でも、これは春でなく。
春の始まりでなく、
イチョウ、秋の深まり。
私は坂道を登る。


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