季節は薄く


私は演技する。
時には大げさに笑い、
時にはぼろぼろと泣き、
演技をする。
これが演技であるとわかってもらうため。
真実はないんだということを、わかってもらうため。

テレビなんて真実はない。
それを知った口調で言ってる連中ほど、
テレビに首ったけ。
あきれるやら悲しいやら。
でも、結局そういうことがいいことなんだと、
教えてきたのもテレビかなと思う。

今、この中は春で、
私は春風に誘われて、
恋を探しに出かけると言う設定の女。
いるはずもない女。
薄っぺらな、テレビの中にいる女。
大真面目に私は演じる。
薄い季節の、薄い女を。
春風の心地よさだけ届けるために。

場面をいくつもつぎはぎして、
休憩中、私は汗を拭く。
テレビが表現したいのは、春。
この中は、春でなければいけない。
けれど、現実、本当は春ではない。
ズレが私を狂わせる。
薄っぺらい中にいる春風に誘われた女を、
私はこれで演じきれるだろうか。

私の中に、季節の狂気が宿る。
春色の色彩の薄い狂気。
決して、わかりやすい狂気でない。
テレビが表現したいものではないかもしれない。
季節のずれは、狂気を生じる。
真実のないところで、私は叫び声を上げたくなる。
本当の春がないここで、
春風に誘われる女は、何に誘われているんだ。
女はどこに行くんだ。
春のないここと、女が誘われた春風。
一体それはどこから来たんだ。

休憩していても、
心も、空調も休むことなく。
効き過ぎる空調も、季節のずれを埋めてはくれない。
この空気を、薄っぺらく変換して、春を伝えるのが私の役目。
笑って春を伝えようじゃないか。
カメラよ回れ、
照明は明るく。
ここに春があると嘘をつこう。
さぁ、本番だ。

外はぎらぎらの季節だ。
私はそれを頭から追い出す。
ここにあるのは、春。
嘘の、春。
テレビの中に真実はないと、私は笑って演じる。
それでも、誰かの元にこの番組が届くとき、
録画された私が届くとき、
そこには本当の春が、ずれることなくあるのだろうか。

今は、嘘。
でも、本当になることもあるだろうか。

私は、春風に誘われたように、笑う。


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