好きな花


花が好きだと言う私の手を引いて、
あなたは、真夜中の植物園へ、私を連れてきた。
いたずらが好きなあなたは、植物園に忍び込んで、
私も共犯者に仕立て上げる。
「この植物園は監視が厳しくなくてね」
あなたは笑う。
「この植物の部屋だけ、カメラがないんだ」
これは、どこの怪盗様だろう。
私も、笑う。

ただ、この部屋は、
暗がりに目の慣れてきた私が見なくても、
月明かりのそれでわかる。
花はほとんどない。
あるのは、観葉植物の大きいのばかり。
ドラセナだろうか。モンステラだろうか。
わかるもの、わからないもの。
花はほとんどない。

私の好きな花は、
春の花。
チューリップや、スイートピーや、
キンギョソウとか、トルコキキョウとか。
女の子らしい、くるくるした花が好き。
その花が好きといえば、たいてい、みんな理解してくれた。
こんな、南方の葉っぱばかりの植物は…
「好きでしょ?こういうの」
あなたは、確信を持って問う。
「君はこう見えて、しぶとい植物が好きでしょ?」
私は黙ってしまう。
見透かされていた。
女の子でいるには、きれいな花が好きでないといけないのに。

「ここ、寝てみると、ジャングルみたいなんだ」
あなたは、言う。
そのまま仰向けに、ごろんと横になる。
私も、隣で真似をする。
世界を征服せんとする、植物が、上からやってくるような。
かこまれている、逃げ場がない、これは、強いしぶとい植物達。
あなたの服をつかむ。
下から見てはじめて、植物が怖いと思った。
春の花なんて、人が作ったものに過ぎないことがよくわかった。

あなたの服をつかんでいることを、
あなたは知っていても知らぬふりをする。
「ここなら、誰にも聞こえないよ」
あなたは、そう言う。
ふたりぼっちなんだ、いまさら私はそう思う。
「昼間、ひどい顔をしていたのを隠してたでしょ?」
私は、唐突にそのことを切り出され、
浮かぶ涙が止められなくなった。
「泣いていいよ。夏の夜はこれでいて長いんだ」

したたかな植物達が、じっとそこに、いる。
私は、いたずら好きのあなたを、利用しているのかもしれない。


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