仮名・龍頭街
比較的新しい通り。
仮の名前として龍頭街という。
龍頭。それは、複雑な仕掛け時計の部品だと聞く。
リューズと呼ぶのは、仕掛け時計の技術者も、
それに当たる言葉を英語圏に持っていけなかったからだとか。
まぁ、そんなわけで龍頭街だ。
呼び方が浸透しているわけではないけれど。
時計の部品のようにかどうかは知らないけれど、
少しばかり入り組んだ路地だ。
ミスター・フーはその入り口に立っている。
位置としては、大通りのほうに近い。
コツ、コツ、と、歩く靴音が響く。
足音に混じって、雑音が聞こえる。
ネジを巻く音のような、ぎり、ぎりという音。
ゼンマイがほどける気配と、
安っぽい動力の、ジー、ジーという音。
おもちゃが、動いているような気配。
「ここもここで時を刻んでいるのさ」
甲高い声がする。
ミスター・フーは視線を上げる。
上から落ちてきたのは少年。
「俺はトラ。虎と書くのさ」
トラは宙に虎と書いてみせる。
「俺はオモチャマスターのトラ。時間もおもちゃのひとつに過ぎないのさ」
「ならば、トラ」
ミスター・フーは訊ねる。
「お前もオモチャか? これはゲームか?」
トラはにんまり微笑んだ。
「生きることはゲームだよ。わかってるんだろ?ミスター・フー」
トラは、空を飛ぶおもちゃを手品のように取り出し、
パタパタと飛んでいった。
ミスター・フーは思い返す。
虎は中国語読みでフーと読ませる。
「まさか、な」
ミスター・フーは歩き出す。
クーロンの奥へと向かって。