仮名・萬燈路


萬燈路という仮の名前のついた路地がある。
読みはワントンルー。
行燈のたくさん下がっている通りだ。

ノットマンはこの通りにやってきて、
昔はこんな通りはなかったんだと、どこかで聞いたことを思い出す。
ノットマンは通りがない頃を知らない。
いろいろ知らないことはあるけれど、
結構この町になじんでいると自負しつつある。
「まぁ、わからなくても差し支えないさ」
ノットマンは、そうつぶやく。

ノットマンは、彼なりのジョーク的な名前だ。
声高に主義主張を言えるのは、ちゃんとした人間、
ヒューマンであること。
ノットマンは、声高に主義主張を言うのを恐れている、
ヒューマンになれないもの。
だから、ノットマンと彼は名乗っている。
何を言うのも怖い。
流されて関わるならともかく、
率先して何かするには、怖いという感覚が先にたってしまう。
私はヒューマンではない。
私は、ノットヒューマン、ノットマン。

いくつもの行燈がぶら下がっている。
萬というには少ないだろう。
でも、ここは、小さな通りが誇り高くあるように、
数は少なくとも、萬の行燈が下がっているかのように、
しゃんとして、商店街だ。

「ちゃんと商店街しているんだよな、ここも」
人の姿をしていて、ノットマンと名乗る彼とは違い、
この通りは、萬燈路を名乗るにふさわしい。
ノットマンはそう思う。
名前が広まっているとはいいにくいけれど、
ノットマンは声高に広めるわけではないけれど、
誰かが覚えていてくれればそれでいい。
そういうのもまた、あるものだ。


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